えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 最終回

 観音堂の中では高尾だけ撮影のために特別に上段に上がることを許された。関係者を意味する法被を着て、北村住職を正面から撮影できるように大きな観音像の足元にポジションをきめてカメラを構えていた。俺と遠田は参詣者に混じって下の段に座った。観音堂の中は蒸し暑かった。古ぼけた扇風機の風はむなしかった。
 読経が始まった。北村住職の声が観音堂の中に響いた。住職の声は大きかった。参詣者の多くは暗記している御経を住職の声にあわせて低くつぶやいていた。時折高尾のカメラのフラッシュが光ったが、熱心に祈る人々の緊張を破るほどではなかった。
 俺の横で遠田は身動き一つせず住職の動きを見つめていた。荘厳な儀式の中に自分がいることが彼女にとって快い緊張感となっている様子だった。
 三十分ほどで読経は終わった。その後、北村住職がマイクを持って参詣者に挨拶した。檀家の役員の代表も挨拶をして、「千灯明供養」は終了した。北村住職たちは来る時と同じ順番で観音堂を下りていった。
 高尾がカメラを肩から下ろしながら近づいてきた。
 「俺、次の『結願法要』も撮影したいんやけど、二人はどうする?」
 「いいよ。俺は外で待っとくけど遠田は帰る?」
 「いいですよ。私も待ってます」
 「悪いね。じゃ終わったら山門に行くけん」
 高尾はまた上段に戻って行った。俺と遠田は参詣者に混じって観音堂の外に出た。すっかり陽は落ちて肌に触れる夜気が快かった。  
観音堂への石段の上から境内を眺めることができた。提灯と石灯籠の灯りで埋め尽くされた境内は淡い灯の海だった。幻想的な美しさは参詣者の足を止めた。俺の横に立った遠田はその光景に言葉も出ないようだったが、ようやく一言「すごいですね・・・」とつぶやいた。
 「きれいやろ?これを見せたかったんよ」
 かすかに動く灯の波の前では、雷山の闇も行き場を失った。
 「降りましょう?」
 遠田は俺を見てそう言った。足を止める参詣者の間をぬって、俺と遠田はゆっくりと石段を下りた。石段のちょうど中間あたりから境内のほぼ全体が見渡せた。そこで俺たちの足は止まった。
 俺はカメラを持っていたが、この幻想的な光景を収めることは俺にはできないとわかっていたので撮影はしなかった。ただ光の海に漂っていたかった。何ものにも喩えることが困難な美しさだった。
 俺の右に立っていた遠田の左手が、俺の右手を捜して、軽く握った。俺も軽く握り返した。だがその瞬間、俺の耳元で千秋がささやいた。
 「楽しかったね・・・」
 そうだ。楽しかった。この無数の灯を前回見た時には横に千秋がいた。同じように手をつないで眺めたことが思い出された。二人で夏の休日を満喫して、夜に千日観音祭を見に来て、この灯を眺めた時、千秋はその日の楽しかった出来事を振り返ってそうつぶやいた。
 そのことを思い出したことによって、俺の中で答えが出た。あの無数の揺れる灯の一つ一つは、千秋との数々の思い出だったのだ。どれも淡くやわらかい光を放っていた。俺の中の灯は消えてはいない。千秋との思い出があんなに明るく照らしてくれる。漠然とした確信が俺の中に起こった。俺は自分で、大丈夫だ、大丈夫だ、と思った。俺の目からは涙が溢れ出てきた。右手を遠田にとられていたので左手で涙を拭った。揺れる灯火は涙にとけて一つになった。


 その年の十月から翌年の二月まで、一年かけて取材した雷山千如寺の記事は「ちくし」に掲載された。予想以上の好評だった。瀬戸山課長はすぐにその記事の単行本化を決めた。俺と遠田と高尾はそのまま担当になり、春から補足記事の取材を開始した。そして七月にめでたく単行本「雷山千如寺の魅力」は本屋の新刊コーナーに並んだ。俺は北村住職に御礼を言うためにその本を持って雷山の山門をくぐった。七月末の暑い晴れた日だった。
 俺と北村住職は心字庭園の横の座敷でこの二年間の取材の思い出話をしながら時を過ごした。
 「おかげさまでなんとかできました」
 「いやぁ、お疲れ様でした。三人の努力が実りましたね。あの記事が出てから参詣者も増えましたよ。ありがたい話です」
 「そうですか。多くの人に知ってもらうのが目的でしたので、まずは成功という感じでしょうかね」
 北村住職はいつもの優しい笑顔のまま静かな口調で言った。
 「一段落したところですし、内田さんもそろそろ・・・」
 「・・・」
 俺はそれには答えずにかすかに微笑むと心字庭園に視線を移した。俺の中では全てが平穏だった。鯉が水をはねる音がした。そろそろサギソウが咲く頃かなとふと思った。
 
(完)
 
「千の灯火」の連載を終了します。
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