えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第49回

 八月、雷山の夏は一番の盛りだったが、高所にあるせいで平地よりは三度ほど気温が低かった。それでも日差しは強く、湿気は汗を誘った。時折鮮やかな緑の樹間を抜けてくる風が一息つかせてくれた。その日は最後の取材の日だった。この日にお参りすると千日の功徳が得られるという「千日観音祭」。朝の「開白」に始まり、「護摩供法要」、「歴代住職追悼法要」、「千灯明供養」、「結願法要」と五回に分けて行われる。俺たちは朝から千如寺に入った。昼の部は無事に取材を終えた。午後七時からの「千灯明供養」まで少し時間があったので、俺と遠田は玄関のところで一息ついた。高尾は境内を華やかに盛りたてる数えきれないほどの提灯を写真に収めるために、ポイントを探して走りまわっていた。俺と遠田は風に揺れる提灯を眺めていた。そこに北村住職がタオルで顔と頭の汗を拭いながら事務所から出てきた。俺は昼の参詣者の出足を訊いてみた。
 「いやぁ、おかげさまで今年もたくさん来られました。去年よりも早くからポスターとかチラシで通知してたのがよかったんでしょうね。でも多分、次の『千灯明供養』が一番多いと思います。昼間勤めてある人とかが来られますからね」
 「しかし暑いですね。法衣は暑いでしょ?」
 「もう汗びっしょりですよ。今日はもう二回も着替えました。あと二回頑張らないと。ははは」
 住職はタオルを首にあててさほど大変そうな感じもなく笑った。
 「六時四十五分くらいから観音堂に入りますんで、後は適当に取材よろしくお願いします」
 「わかりました」
 住職は戻りかけた足を止めて振り返ると、遠田のほうを見て言った。
 「遠田さん、ゆっくり見て行って下さい」
 「はい。ありがとうございます」
 遠田の返事は楽しげな感情を隠しきれていなかった。遠田は数日前からこの「千日観音祭」を指折り数えて待っていた。この行事は雷山の夏を象徴するものであり、かつ一年の行事の中で一番の盛り上がりをみせるものだった。俺はそのことをこれまで何度も遠田に説明してきたので彼女の中で期待度が増していたのだろう。
 「俺が文章とかは考えるけん、今回は遠田は何もせんでいいけん、とにかくしっかり見学しとかんね。いい経験になるけん」
 「はい」
 日差しが少し傾いて、肌を刺す暑さも少し和らぐと、提灯に燈がついた。提灯には短冊が下げられていた。そこには一世帯ごとに祈りが書き込まれていた。家族の祈りは夏の風にあおられて優しく揺れていた。提灯の数は境内を埋め尽くすほどにあった。上半分が淡い紅、下半分が緑で半分のところでグラデーションで交わっていた。その色によって境内は鮮やかに彩られた。
 陽が山に隠れ、境内に夕闇が近づき始めた頃に石灯籠に灯がつけられた。提灯は今では電球が入っており、昔のように一つずつろうそくの灯を入れることはなくなったが、石灯籠は今もろうそくだった。背の低いコップのようなものに太く短いろうそくを入れ、火をつけて石灯籠の中に置く。全ての石灯籠に灯がともると、昼間は眠っていたそれが、夕べに目覚めたかのように生き生きとし始めた。遠田はその様子を見るだけでも感動しているようだった。
 「私、石灯籠に本当に灯をつけるって初めて知りました」
 「灯籠本来の役目やけんね。ただの庭の飾りじゃないとよ」
 千如寺の石灯籠は無数にある。その全てに灯りがつくと「千日観音祭」の夜の準備は完了ということになる。
 事務所脇の玄関が騒がしくなった。準備を終えた住職以下、応援に来た他の寺の住職や檀家の役員たちが玄関先に並び始めた。先頭には印頭を持った若い僧が立った。次に檀家の役員が二人提灯を持ち、その後に他の寺の住職が数人続いて、最後に檀家の役員がさす大傘の下に鮮やかな納衣を着た北村住職がいた。一行は静かに歩き始め、俺と遠田が眺めている横を通って、ゆっくりと観音堂への道を進んでいった。参詣の人たちが道を開けた。背中の曲がった年老いた女性が数珠を持った手を合わせて一行を見送った。すでにそこには厳粛な雰囲気があった。俺と遠田はすぐに後から観音堂へと登って行った。
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