えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第46回

 五月十日、千如寺では「御経会」が行われた。いつものように俺と遠田と高尾は朝早くから現場での準備に追われた。新緑が蔽う石段を登って、参詣者が集まり始めたのは朝の九時くらいからだった。
 北村住職が応援に来た他の寺の住職数名とともに観音堂に入り、荘厳な雰囲気の中に「御経会」は始まった。それぞれの位置に座った住職たちは厚い御経の束を箱から取り出し、その一つ一つを順番に念仏と太鼓にあわせて頭上高く掲げてぱらぱらとめくった。それが終わると力強く箱にたたきつけ、次の御経をまた同じようにぱらぱらとめくる。
 参詣者は後方でそれを見ながら手を合わせてしきりに祈っていた。高尾は御堂の中をあちこちに移動して、めくられていく御経や真摯に祈る参詣者、念仏を唱える住職たちを必死に撮影していた。
 全ての御経をめくり終えると観音堂での儀式は終了し、北村住職たちは一度下がって休憩時間が入る。そして三十分ほど後に場所を外の護摩道場に移し、そこで護摩を焚いて北村住職が御経を読む。二メートルほどに積まれた柴が勢いよく燃え上がる。参詣者はまわりを囲んで合掌していた。
 五月の日差しは柔らかく感じた。護摩の煙がかすかな風に渦を巻いて周囲の緑の中に消えていった。後で記事にするために、俺は少し高い場所に移動して、荘厳な儀式の一部始終をしっかりと頭に刻もうと真剣に見ていたので、いつのまにかすぐ後に遠田が立っていることに気付かなかった。
 「内田さん」
 「え?あ、びっくりした」
 「夢中で見てましたね」
 「うん。記事にどう表現するか考えながら見とったけん」
 「いいの書けそうですか?」
 「どうやろう?まぁ御経会は何回か見たけんね。なんとかなるやろう」
 俺と遠田の間には小さい石碑のようなものがあったが、遠田はそれをよけて俺のすぐ横に立った。
 「内田さん、福田さんからその後何か言って来てます?」
 「いや、何もない。約束はすっぽかすし、その埋め合わせもせんけん、たいがいあきれたんやろう」
 遠田はわずかに不安を表すかげを表情にたたえたまま、立ち上る護摩の炎を眺めていた。俺は彼女の横顔を見て、自分が今後どうすべきか、一つの結論をはっきりさせないと彼女の不安を取り除けないことに気付いた。
 いつまでも絶望の中に座り込んでいるわけにもいかない。重い腰を上げる時が来たのかもしれない。そんな思いが俺の中にあったが、具体的にどうすべきか思いつかなかった。訣別できない大きなものを抱えたまま、新しい人生を歩むことが果たして可能なのだろうか?あの護摩の炎に俺の悲しみも全て焼かれてまっさらになることができたらどんなにいいだろうと思った。
 護摩道場での儀式が終わり、北村住職が参詣者に御礼を述べた後、御経会の行事は全て終了した。高尾は重いカメラを抱えて汗だくで戻って来た。
 「晴れてよかった。柴が乾いとるけん、うまい具合に燃え上がってくれた」
 興奮気味に高尾が言った。そこに参詣者に混じって北村住職の姿が見えたので、俺は手を上げて住職に合図したら俺たちのほうに歩いて来た。
 「和尚さん、お疲れ様でした」
 「いやぁ結構日差しが強くてね。汗かいちゃいましたよ」
 「でも晴れてよかったですね」
 「いやほんと、よかったです。去年は雨だったからほんと苦労しました」
 住職は遠田のほうを見て、「どうでした?御経会は初めてでしょう?」と訊いた。遠田はいつもの好奇心に満ちた笑顔で、「はい。なんかおもしろかったです・・・」と御経をぱらぱらとめくるという儀式に対する率直な感想を語っていた。
 「内田さん、次は何の取材に来られますか?」
 住職は額の汗を拭いながら言った。
 「あとは、六月に梅雨の庭の様子の撮影に高尾がお邪魔します。そして最後は八月の千日観音です」
 「わかりました。今回の御経会もばっちり記事書いて下さい」
 「頑張ります」
 北村住職はいつもの穏やかな笑顔を残して参詣者の中に再び混じっていった。俺と遠田と高尾も帰路についた。護摩の煙はまだ境内の隅にただよっていた。
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