えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第1回

 俺にとって新しい朝の訪れは恐怖だった。じわじわと襲ってくる覚醒が何よりも怖かった。俺には逃げ道がないことを毎朝丁寧に知らされて、俺の神経は削られていった。
 暦は九月になったが外はまだ日差しが強かった。千秋が乗った飛行機が消息を絶ったのは去年の夏。いちばん熱いさかりだった。知らせを聞いた時は何も考えられなかった。とにかく暑くて苦しくて、全てがまぼろしのように感じた。それからの一年は文字通り地獄だった。
 家のどこを見ても千秋がいるような気がした。台所に行けば料理をする彼女が見えるし、食卓に座れば向かいに彼女がいる。洗面所で歯を磨いている彼女。ソファに寝そべってテレビを見ている彼女。ベッドの左半分で寝ている彼女・・・。
 よく二人で言い争ったもんだった。「俺が先に死ぬ」「私が先に死ぬ」。残されたほうはつらいからお互い先に死にたかった。結局千秋が勝ったことになる。しかしこんなに早く勝負がつくとは思わなかった。俺は残りの人生を苦しみながら生きるのだ。あらゆる場所で作った想い出がかわるがわる浮かび上がって来て、ほらこんなこともあったぞ、こんなに楽しかったぞと皮肉たっぷりに耳元でささやく。それをただ我慢して聞いていないといけなかった。逃げることはできなかった。
 一体、最愛の人に若くして死に別れた人たちはどうやって立ち直ったのだろう?不思議でしょうがなかった。俺は完全に立ち直る自信はなかった。時間が解決するのだろうか?何年かたてばまた心から笑えるようになるのだろうか?生きる喜びを噛締めることができるようになるのだろうか?希望に満ち溢れ、夢を追いかけ、愛を感じる生活に戻れるのだろうか?とても信じることができなかった。希望も夢も愛もどうでもいい。お金も地位も全部いらないからただ千秋だけを返してくれ。もし神様がいるならそう言って取引したいと思った。
 我ながら女々しいと思った。それまでの俺の性格は前に突き進むことしか頭にないポジティブな人間で、弱気な友人たちを励ます役目をしていたが、ふと気付けば俺よりもマイナス思考の人間は俺のまわりにはいなかった。ほんの一年そこらのことなのにこの変わりようはどうだ。
 深く愛していたからこんなことになるのか?こんなにいつまでも苦しむのか?だったら適当に愛しておけばよかった。適当に愛する?そんなことができようか?愛に段階などない。愛には最上しかない。そうなると愛したこと自体が失敗か。でも愛のない人生なんて意味があるのだろうか?
 哲学的で何のたしにもならない思考・・・。
準備もできたことだし出勤しようと俺は思った。愛車に乗ってオフィスへ向かう。大手門のお濠の前の通りにあるオフィスへ着けば仕事で気が紛れるだろうと思った。
 車に乗るとその閉鎖された空間の中が別世界のように感じた。窓の外には幸せな世界があった。みんな淡々と生きていた。社会も自然もいつものとおり。何も変わっていなかった。だが車の中の俺はどうだ。助手席に悲しみ、後部座席に苦しみと絶望を乗せてみんなで楽しくドライブだ。弁当持ってきたか?
 本当にもうたくさんだと思った。思い切りアクセルを踏んで猛スピードでどこかに激突すればすぐに千秋に会える。そうだ、簡単に会えるぞ。やってみるか?え?どうだ?そんな勇気もないのか?それじゃ救いようがないじゃないか。
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