えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第44回

 ゴールデンウィークに入り、世間がリラックスムードになったが、俺は何の予定も入れていなかった。以前のように遠田も積極的に誘ってこなくなったし、福田さんからの電話やメールも俺がのらりくらりとかわしているうちに来なくなった。
 俺はこの機会に思い切って家中の千秋のものを片付けた。捨てることはできないのでなるべく目につかないところにしまいこんだ。居間の本棚やテレビの上にある写真だけはそのままにしておいた。だいぶ精神的に落ち着きを取り戻したとはいえ、箪笥の中の彼女の服を取り出す時だけはどうしても涙が流れた。彼女の服の感触が彼女の肌のそれのようで思わず頬をうずめてしまった。そしてわずかに残る匂いをかいでしばらく嗚咽した。
 服の整理が終わると涙を拭いて気を取り直し、家中を掃除した。全開にした窓から入る風がカレンダーを揺らした。外は快晴だった。その爽やかさがもったいないような気がしたので掃除が終わったら近くを散歩でもしようかと思ったところで携帯が鳴った。見てみると遠田からだった。俺はそのまま携帯が鳴るのをじっと眺めていた。しばらくすると呼び出し音は途絶えた。俺は携帯をそのままにして散歩に出かけた。
 近くにある公園までは歩いて十分くらいだった。そこまではよく千秋と歩いた道だった。走ると汗ばむくらいの陽気の中を独り病み上がりの病人のようにゆっくりと歩いた。風に揺れる葉桜の緑が美しかった。
 公園のベンチは陽にあたためられていた。座った時に背中にぬくもりを感じた。それが徐々に全身に伝わり、俺は目を閉じて暖かい季節の恵みを感じた。
 これから先どうしよう?どうやって生きていこう?それを考えるとまだはっきりしたものはつかめそうになかった。だが自分でも支えてくれる誰かが必要であることは感じていた。過去の整理は独りでしたかったが、未来の構築は独りでは無理だということが徐々にわかり始めていた。
 目を開くと公園で遊ぶ親子の姿が見えた。長く生きてきて未だに家族というものを形作ることができない自分がひどく情けない人間に思えた。おぼつかない足取りで歩く子どもの手をひく親の姿を見ていると、迷った山中でかすかな道を見つけたような気がした。俺は立ち上がると、急いで家に戻った。
 携帯を見てみると俺が出かけた後ももう一度遠田は電話していた。俺はすぐにリダイヤルした。
 「もしもし?」
「内田です。電話したろ?ごめんね」
 「あ、いえ、お休みのところすいません」
 「どうしたと?」
 「いえ、べつにこれといって用はないんですけど、連休中どうしてあるかなと思って・・・」
 「今日は家中の掃除をしたよ。終わってから今散歩に行って来たところ」
 「そうですか」
 「遠田は何しようと?実家に帰ったと?」
 「いいえ。家でぼーっとしてます」
 「そうか。じゃあうちに遊びに来るか?」
 「え?」
 「俺がなんか料理作って食べさせちゃるよ。どう?」
 「いいんですか?」
 「いいよ。無理ならいいけど」
 「無理じゃないです、無理じゃないです。じゃぁ本当に行っていいんですね?」
 「どうぞどうぞ」
 「すぐ行きます!」
 「博多駅出る時にメールして」
 「わかりました!」
 遠田の声は久しぶりに明るかった。その声で俺も元気を貰えるような気がした。
 「何作ってくれるんですか?何か買っていくものないですか?」
 「パスタでも作るか。ワインもバゲットもあるし、特に何もいらんよ」
 「じゃぁ私が何かサラダ作ります。少し野菜買って行きますね。バルサミコソースとかあります?」
 「あるよ。なんで?ドレッシング作ると?」
 「はい。私の得意のドレッシングがあるんです。それ作ります」
 「いいねぇ。楽しみや」
 「じゃぁ今から出ます」
 「了解。後でね」
 俺が電話を切ろうとした時、遠田が慌てて言い足した。
 「あ、それと・・・」
 「ん?何?」
 「あの・・・よかったです」
 「何が?」
 「内田さんが元気になって」
 「え?どういうこと?」
 「いえ、いいんです。ただよかったと思っただけです。それじゃ」
 電話は切れた。よかった?確かによかったかもしれない。そう信じたいと思った。
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