えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第43回

 仕事が忙しいということにして福田さんからの催促を逃れつつ時は過ぎて四月になり、雷山の桜が咲き始めた。
 遠田もあれ以来、根堀葉堀聞くことはなくなったので俺も少し精神的に落ち着いてきた。
思い出にも浸らず、遠田や福田さんのことも考えずに目の前の仕事に夢中で取り組んでいるうちに、荒れていた心もだいぶ凪いできた。
 今回のプロジェクトも「歴史」と「文化財」の章は完成した。「行事」と「自然」は一年間経過しないと全て取材できないので完成は夏になる予定で、その後にまとめを書くので全てを完成させるまでにはあと半年はかかりそうだったが、これといって問題もなく、予定通りにいきそうな感触をつかんでいた。
 四月の第二週目に千如寺の境内の桜が満開になったので、また高尾と遠田と三人で取材に出かけた。高尾が桜を撮影している間に、俺と遠田は北村住職と五月の行事「御経会」の取材の打ち合わせをした。
 心字庭園が見える座敷で大きな座卓の向こうに座った住職はいつもと変わらぬ温和な笑顔を浮かべていた。
 「今年もいつもと同じような内容でやります。去年は雨だったんで観音堂の中で護摩を焚きましたけど、今年は晴れてほしいですね」
 「晴れたら護摩道場でしますか?」
 「ええ。やっぱり外でやらないと、参詣してくれた方に申し訳ないような気がしてですね」
 「じゃぁだいたい十時くらいから観音堂で始めて、十一時くらいから護摩道場に移動ですね?」
 「だいたいそんな感じになると思います。私らは着替えるので観音堂が終わってから一旦、引っ込みます」
 「わかりました。堂内での撮影は大丈夫ですか?」
 「大丈夫です。フラッシュもたいて構いません。また今年もいい写真をよろしくお願いします。来年のチラシにも使わせて頂きたいので」
 「高尾によく言っておきます」
 俺は横で黙々とメモをとっていた遠田に、「高尾の様子を見て来て」と言って彼女を追い払った。足音が遠ざかるのを確認して、俺は住職に言った。
 「和尚さん、あれから一年と・・・八ヶ月たちました。最近ようやく少し精神的に落ち着いてきたような感じがします」
 「そうですか!それを聞いて私も本当に嬉しいです。あぁそうですか、そうですか」
 住職は自分のことのように喜んでくれた。
 「よく頑張りましたね、耐えましたね、本当によく・・・」
 「ありがとうございます」
 「残されたものが余生を全うするのは義務です。強く生き抜くことが、先に逝った人たちへ感謝の気持ちを表すことにもなります。そしてあなたの周りにはあなたを必要とする人たちがいます。その人たちのためにもあなたは元気になる義務があるんですよ」
 「そうですね・・・」
 「新しい一歩が必要とされていたんです。いやぁよかった。今の話ではその一歩が踏み出されたようですね」
 「まだ確信にはなってないですけど、新しい人生を受け入れるスペースが少し心の中にできたような気がします」
 「そうですか、そうですか、あぁよかった・・・本当に・・・」
 ここで遠田と高尾が戻って来たので話を切り上げて千如寺を後にした。見送る住職の嬉しそうな笑顔が俺の背中を押してくれているような気がした。
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