えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第42回

 二月の静かな朝、俺と遠田と高尾は千如寺の観音堂にいた。観音像のあるところから一段下がった広めの畳の間にスクリーンと照明を置いて、高尾と遠田は撮影の準備に余念がなかった。俺は観音像の裏に並べてある眷属二十八部衆の仏像を一つ一つ点検していた。まだ朝早い時間だったので参詣の人はなく、俺たちの作業する音だけが堂内に響いていた。
 「内田、どれから撮る?」
 「右からいこう。密迹金剛から」
 「一人で運べるか?」
 俺は仏像をちょっと抱えてみた。
 「まぁ大丈夫。結構重いけど」
 「私、手伝いましょうか?」
 遠田が言ってくれたけど、逆に二人の呼吸が合わないと大変なことになるので俺は「いや、大丈夫」と断った。
 「じゃぁ持って来ていいよ」
 俺は最初の仏像「密迹金剛」を運んでカメラの前に置いた。
 「遠田、悪いけど他の仏像のほこりを拭いてくれんかいな?」
 「わかりました」
 高尾の指示で遠田は布を持って仏像を一つ一つ磨き始めた。
 高尾が撮影している間、俺は次の仏像を運ぼうとしたところで遠田に質問された。
 「内田さん、眷属二十八部衆ってどういう仏様なんですか?」
 「千手観音のお経を誦持する者を守るらしいけど俺もよくはわからん」
 「なんで二十八なんですか?」
 「それぞれ守る方角があるんよ。東西南北と上下に四部づつ、それに北東・東南・北西・西南に一部づつで二十八らしいよ」
 「ほんとに内田さんてそういうの詳しいですよね」
 「いや、これは記事にしようと思って何日か前に調べなおしたんよ」
 そこで高尾が次を持ってくるように言ったので俺は二番目の「那羅延堅固」を運んで、最初の「密迹金剛」を元の位置に戻したところでまた遠田が「内田さん・・・」と話しかけてきた。「ほんとはあんまり詳しくないんよ」と言いながら遠田のほうを見ると、作業する手を止めて俺のほうを見ていた。
 「こないだの会議の時の電話、福田さんでしょ?」
 「・・・」
 「そうでしょ?」
 「うん・・・」
 「私の看病で約束破ったこと怒ってました?」
 少し離れた所にいる高尾に聞こえないようにするためか、彼女はささやくような声で話していた。
 「いや、怒ってはなかったよ」
 「怒ってはないけど、埋め合わせするように言われたんでしょ?」
 「・・・言われた」
 こういう場合の女性の勘の鋭さは天性の才能なのではないかとその時はつくづく思った。
 「埋め合わせするんですか?」
 「まだ返事はしてない」
 「するんでしょ?埋め合わせ。内田さんは優しいから・・・」
 俺はそれには返事をせずに次の「東方天」を運んだ。そしてまた戻ってくると同じ話題になりそうだったので、彼女の先を制して「後で話そう」と言ってその話題を打ち切った。
 一時間弱で二十八体を全て撮影した。高尾も疲れていたが、二十八体運んだ俺もかなり疲れた。堂内には参詣客の姿が見えるようになってきていた。俺たちは機材を片付けて外に出た。暖かい堂内から身を切るような山の冷気にさらされたので身体がすくんだ。
 俺は遠田にさっきの話題を蒸し返されたくなかったのでなるべく高尾から離れないように歩いた。無言でついて来る遠田の表情にはあきらかに不満の色があった。
 会社に戻ってからも忙しいふりをして彼女に隙を与えなかった。定時になって退社する時も彼女と目を合わせないようにして外に出た。どうしてこんな逃げるような真似をしなければいけないのだろう?そう思うとどう対処していいかわからない怒りのようなものがこみあげてきた。去年の八月以来、混乱した精神状態を落ち着けるのに苦労してきたというのに、遠田と福田さんの存在が余計に俺の中の安静を奪っていくような気がした。とにかくそっとしておいて欲しい、ただそれだけが切実な願いだった。自宅に帰り着いた頃に遠田からメールが来た。さっきの話題の蒸し返しだった。胸の中にあった怒りをあおられたような形になったので俺はすぐに「いい加減にしてくれ!俺を追い詰めないでくれ!」と返信した。その後すぐには返事が来なかったので、言い過ぎたかなと思っていたら三十分後くらいに一言「ごめんなさい」とだけ書かれたメールが来た。
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