えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第40回

 遠田の全身は震えていた。俺はあの日、空港で見た大きな悲しみの塊が、今またここに現れたのを感じた。あの息がつまりそうなつらさが、またじわじわと湧き上がってきた。
 俺は遠田の言葉を頭のどこにしまうか迷った。どう処理すべきかわからなかった。まともに扱えば俺は発狂しそうだった。神は俺から千秋を奪い、そして今、遠田を与えようというのか?なぜそんな必要があるのか?なぜ千秋ではだめだったのか?千秋には死を、遠田には生を与えた神の意図が全く理解できなかったし、理解したくないという激しい反発もあった。その憤りが表情に出て、俺は怒りを含んだような表情で黙り込んだ。
 「これを言うと嫌われると思ってずっと黙ってました・・・」
「・・・・・・」
「・・・何か言って下さい」
「そういうことやったんやな・・・」
俺は何か言葉を発しているのはわかったが、自分で何を言っているかはっきり認識はしていなかった。俺の頭は目まぐるしく回転してことの処理を急いでいたが、一向に出口を発見できずに混乱していた。
「ああ・・・」
遠田が急に両手で顔を覆った。言ったことをひどく後悔している様子だった。だがその時の俺には彼女をなぐさめる余裕もなかった。そしてふらふらと立ち上がると、寝室から出て居間のカウチにへたりこんだ。
 一年半、この一年半の間に徐々に抑えてきた俺の心の中のほこりは今一斉に浮き上がって舞い狂った。全ての努力が無駄になったような気がした。
寝室から彼女の泣く声が聞こえた。俺も泣きたかったが不思議と涙は一滴も出なかった。陽は完全に落ちて部屋の中は間接照明だけの薄暗さになった。
思考がまとまらないまま俺はゆっくりと立ち上がった。そして寝室に戻って泣いている遠田を眺めた。まず何を言うべきか言葉を探した。俺の気配を察して遠田が顔をあげた。
「なんで泣くと?言ったことを後悔して泣くと?」
「・・・」
「もしそうなら後悔する必要はないよ・・・ただちょっと、混乱してるけど、いづれはわかることやし・・・」
俺はお粥が半分ほど残っている茶碗に気付いた。
「お粥・・・食べて」
遠田は涙を拭いて、「はい」と小さく答えた。
「今は遠田が元気になることが最優先やけん」
「・・・ありがとうございます」
「深刻な話はあとまわしや」
そう言いながらも頭の中はまだ事実の承認作業に必死だった。
遠田はまたゆっくり食べ始めた。その様子を俺はただ呆然と眺めていた。時々遠田は顔を上げて俺の様子を見た。
「すいません・・・」
「いいって。もうその話は終わり。早くよくなって明日からまた一緒に仕事しよう」
「はい・・・」
「明日は二月の撮影の打ち合わせを・・・するけん・・・」
「はい」
「・・・みかんも食べろよ」
「はい」
 言葉が舌の上を滑っていった。
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