えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第39回

 翌日も遠田は休んだ。その時はあまり気にも留めなかったが、その次の日も休んだ時にはインフルエンザかな?と思った。高尾も同じことを考えたらしく、会社で不安そうに話していた。
 「遠田はインフルエンザやないか?」
 俺は記事を書いていたが、その手を止めて答えた。
 「そうかもしれん。もう三日やし」
 「やっぱあの雪の日にはしゃぎすぎたのがいけんかったかな?」
 「どうかいな・・・」
 「あいつ一人暮らしやろ?お前見舞いに行ってやれよ」
 「うん・・・ちょっと様子見てくるかな」
 「お前、料理できるやろう?なんか作ってやったら?お粥とか」
 高尾にそう言われて、どうするか迷っていた俺も決心がついた。仕事帰りに遠田のアパートに寄ってみることにした。
 夕方、冬の陽がもう隠れてしまった頃に遠田のマンションを訪ねた。一応先に携帯で見舞いに行くことを言っておいたので、呼び鈴を押すと彼女はすぐにドアを開けた。
 「どうぞ・・・」
 さすがにやつれた表情をしていた。俺が来るからか、パジャマではなかった。だが化粧しない顔に生気は薄れていた。
 「大丈夫か?」
 部屋に入りながら俺は訊いた。
 「はい・・・明日には会社に行けると思います」
 「インフルエンザやないと?」
 「いいえ、そこまではいってないみたいです。病院にも行きました」
 「そうか」
 それを聞いて俺はちょっと安心した。部屋のどこに座るか見廻していると彼女が、「どうぞ、好きなところに掛けて下さい。狭い部屋ですけど」と言ったので、俺はモダンなデザインのカウチに腰掛けた。彼女は何かを用意するつもりか、キッチンのほうに行きかけたので、「何もいらんよ、寝ときなさい」と言ったら彼女も身体が重いのか、ゆっくりと向きをかえて「すいません」と言いながら隣の部屋のベッドに戻った。
 「まだきつそうやね?」
 「少しですね・・・」
 「ちゃんと食べよるか?」
 「お昼にヨーグルト食べました」
 「だめやんか、それだけじゃ。俺がなんか作るけん食べりぃ」
 つらそうにベッドに横になっていた彼女は声だけ元気に「ほんとですか?」と言った。
 「うん。作っちゃるけん、食べなよ」
 「はい・・・食欲ないけど内田さんが作ってくれるなら頑張って食べます」
 「そうそう。じゃちょっと待っとけよ」
 俺はキッチンに移動して準備を始めた。
 「お米はどこにある?」
 「流し台の下です」
 「野菜は?なんかある?」
 「冷蔵庫の野菜室に大根とかあると思います」
 「あ、あったあった」
 「何作ってくれるんですか?」
 「大したもんは作れんよ。寝ながら待っときぃ」
 「はーい」
 身体はきつそうな感じだったが、声はどこかうきうきしているようで、いつもの陽気な遠田の復活の兆しが少し見えた。
 しばらくして、俺はお粥とふろふき大根をお盆に載せて彼女のベッドのところまで運んだ。
 「うわー!おいしそー!」
 「ふろふき大根は食べやすいようにかなり柔らかくしたけん、なるべく全部食べり」
 「はい」
 「あ、梅干忘れた。ある?」
 「冷蔵庫にあります」
 「取ってくる」
 俺がキッチンに戻って梅干を取ってくる間に遠田は既にお粥を食べ始めていた。
 「すごいおいしいです。ありがとうございます」
 「そうか?よかった。塩持って来るか?」
 「いえ、ちょうどいいです。料理上手なんですね」
 「もう一人暮らし一年半やし。もともと料理も好きやったけんね」
 「大根もやわらかくておいしいです。味がよくしみてますね」
 「うん。それは俺もうまくいったと思った。多分今までで一番うまくいった」
 俺が笑いながら言うと、彼女は心から嬉しそうな笑顔を返した。無邪気さを含んだ、いつもの遠田の笑顔だった。
 「いっぱい食べて寝らないけんよ。風邪薬とか飲むなよ。みかん買ってきたけん、後で食べりぃ」
 「はい」
 ベッドでおいしそうにお粥を食べる姿を見ていた俺の携帯が鳴った。誰だろうと見てみると“福田さん”と液晶に表示されていた。そこで俺は大変な失敗をしたことに気付いた。
 「今日何曜日?」
 「金曜です」
 「今何時かいな?」
 「六時です。電話、出ないんですか?」
 俺は電話に出るべきか迷った。福田さんとの約束をすっかり忘れていた。今頃アクロスの一階で待っていることだろう。どうする?今すぐ行けば少しの遅刻ですむだろう。行くべきか?携帯は鳴り続けたが俺が出ないので遠田は不思議そうに見ていた。躊躇している間に呼び出し音は途絶えた。
 「電話よかったんですか?」
 「うん。大丈夫」
 遠田はふろふき大根を箸で細かくくだいていたが、内心では俺の動向を気にしているのがわかった。彼女の伏せた目がどこか寂しげだった。俺は緩慢な彼女の箸の動きを見ているうちに心を決めた。そして、「ごめん、ちょっとメールするね」と言って急いで福田さんにメールした。
 “すいません、急用で行けなくなりました。チケット代は後でお支払いします。ほんとにごめんなさい”
 送信した後、顔を上げると遠田がじっと俺を見ていた。彼女は誰からの電話だったか、そして俺が誰にメールしたか全てわかっている様子だった。
 「内田さん、なんか約束があったんでしょ?私大丈夫ですから行っていいですよ」
 「いや、大丈夫。おかゆおかわりするか?」
 「・・・」
 「もうちょっと残ってるよ。大根は?いらん?」
 「・・・いいんですか?行かなくて」
 話題を変えようとしても無駄なことがわかったので、俺は遠田の顔を正面から見て言った。
 「病に苦しむ後輩を見捨てていけるか。気にせんでいいって。みかんとって来るね」
 俺が立ち上がりかけると遠田は追い縋るように慌てて言った。
 「内田さん、私が病人だから見捨てられないっていう意味なら行って下さい。多分、私じゃなくても同じように言うでしょ?それなら私は行って欲しいです。そういう同情ならむしろ私は・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・つらいです・・・」
 「・・・・・・」
 遠田の握った箸の先がふるえていた。
 「・・・俺が・・・俺がここに残るっていうのは、そういう意味じゃないよ・・・」
 彼女は俺の言葉の続きを固唾を呑んで待っていた。
 「もし・・・他の人だったらもう帰ったと思うよ」
 俺はそれだけ言うとさっと立ち上がってキッチンに行った。そして買ってきたみかんをいくつか持って寝室に戻ったら彼女はさっきの姿勢のままほんのわずかも動いていなかった。そしてまだ俺の次の言葉を待っていた。
 「ただね・・・俺にもう少し時間を与えて欲しいんよ」
 「どれくらいですか?」
 「どれくらいかはわからん。来週かもしれんし、五年後かもしれん・・・それは俺次第やけど」
 「待ってれば・・・待ってればどうなりますか?」
 そこで俺の携帯がポケットの中で振動した。福田さんからのメールだろうと思ったが、遠田に悟られないように俺はそれを無視した。
 俺が返す言葉に迷っているのを見かねた遠田は、詰め寄る自分の態度に気付いて、
「すいません・・・なんか、自分のことばっかり言って」
と言った。そして二人の間にしばらく沈黙が続いた。どちらも自分の中で次の言葉を懸命に探していた。俺は彼女の枕元の電気をつけた。
「内田さん、私がなんで前の仕事辞めたか、本当の理由を言いましょうか」
俺は彼女が話題を変えた理由が、なにか重大なものである予感がしたので先を促すのを躊躇した。彼女はそんな俺に構わず先を続けた。
「これ・・・いつか絶対内田さんに聞いてもらいたかったんです。今、いい機会なんで言ってしまいます。私はあるフライトの時に急に体調を崩して、友達に代わって貰ったんです」
「・・・・・・」
「その便が、東シナ海で消息を絶ちました。乗員乗客全員死亡と断定されました。本当なら私が死ぬはずだったんです。友達は私の代わりに死んだんです。そのことが私には立ち直れない衝撃で、運命の恐ろしさを目の前にたたきつけられました」
「・・・・・・」
「それからはもう・・・怖くてとても乗れなくなって・・・次は私だ、本来なら私の番だったんだから、絶対に次は私だって・・・そして死ぬ予定ではなかった友達を死なせた罪悪感が覆いかぶさってきて、実際に体調もすぐれず、退職届けを出したんです・・・」
「・・・・・・」
「・・・これから私が何を言いたいかわかりますよね?」
「・・・・・・」
「わかりますよね?・・・そうです。奥様が乗られてた便です。あれで私も死ぬ予定だったんです・・・」
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