えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第37回

 一月も中旬になり、千如寺に雪が降った。北村住職からその知らせを受けると、俺と高尾と遠田は取材の準備をして雷山へ向かった。雪の千如寺は今回の企画の中の“季節編”では欠かせないネタだった。標高も高いので平地では少ない雪でもここに来れば雪国のように全てが真っ白になる。その様子を是非ともカメラにおさめないといけなかった。
 俺たちは車で雷山のふもとまで行った。そこから北村住職に電話すると、スタッドレスタイヤをはいた四輪駆動車で住職が迎えに来てくれた。凍結した急な斜面はとても普通の車は上がれない。だから雷山に雪が降った日にはほとんど参詣する人はいないので取材にも好都合だった。
 千如寺の長く続く塀の前の道は、住職の車の轍以外はそこを道であることを示すものが何もなかった。水気の多い真っ白な雪があたり一面に重たくかぶさっていた。
 車を降りて山門の前まで来ると、俺たちは中に入る前にそこから境内を撮影することにした。まだ一つとして足跡のない状態を撮っておきたかったからだ。くるぶしの上くらいまでの雪が千如寺の全てを覆っていた。三門から見える大楓、牧、銀杏はシルエットだけになっていた。
 「・・・きれいですねぇ・・・」
 遠田は感動で言葉もあまり出ない様子だった。白い息をはきながら白い世界に見とれていた。
 「夕べから結構降りましたからね。うまい具合に積もりましたね」
 住職は寒さにも慣れた様子でふるえもせずに話していた。
 「秋の紅葉も最高の状態でしたけど、雪もいい感じになりましたね」
 俺がそう言う横で高尾は急いで撮影準備をしていた。参詣客が来る前に済ませてしまわないといけない。それを見て遠田も慌てて手伝い始めた。
 山門から見た境内を撮影した後は奥の部屋から心字庭園を撮影した。凍った水面とまわりの雪の競演は見事だった。高尾は夢中でシャッターを切っていた。
 その後は観音堂前の長い石段や、護摩道場を撮影して、一通りのポイントは終わった。
 俺たちが機材を抱えて戻って来ると、住職の奥さんに「お茶入れますのでどうぞこちらへ入って下さい」と事務室に案内された。暖房のきいたそこでは黒猫がソファで寝ていた。
住職が猫を追い払って「どうぞかけて下さい」とすすめてくれた。
 「寒いのにお疲れ様でしたね」
 住職は修行のたまものか、作務衣しか着ていないのにあまり寒そうな感じではなかった。一方で俺たち三人はまだ少しふるえていた。
 「和尚さん、いいのが撮れましたんで後でお持ちしますね」
 高尾が満足げな表情で言った。高尾は撮影の後、特に出来のいい作品があった時は引き伸ばして住職にプレゼントしていた。
 「ありがとうございます。前回の紅葉も素晴らしいのが撮れてましたね。なんか今年は季節がそれぞれその季節らしくて、いいですね。まぁこれが本当なんでしょうけど」
 「やっぱりここはかなり温度が低いですね。今日も街ではちらほら降る程度でしたから」
 高尾がそう言う横で遠田が窓の外の人の動きを見ていた。
 「誰か来た?」
 俺が言うと遠田は窓の外を見たままにやっと笑って、「間須さんですよ」と言った。
 「間須君?何やってんのかな?」
 住職も一緒に窓の外を見た。俺たちのいる事務室からはよく見えなかったが、間須さんは雪の上で一人で何かしていた。気になるのでみんなで見にいこうということになった。
玄関から出てみると、大楓の横の道のところで間須さんが大の字になって雪の上に寝ていた。
 「間須さん、何やってんですか?」
 遠田が聞くと、間須さんは寝た状態のまま首だけ上げてこちらを見た。
 「雪の上に大文字焼きをしてやろうかなと思って」
 俺たちはさすが間須さんだと笑った。住職は「まったくなにをやってんだか」と笑いながらあきれていた。
 間須さんがゆっくり起き上がると、その跡に大の字がきれいに出来ていた。
 「雷山名物、冬の大文字焼きです」
 得意げな間須さんだった。
 「しかしいつもながらどうしてそんなに下らないないことばっかり考えつくんですか?」
 俺がそう言うと間須さんは、ふんという表情で「まぁ、凡人にはわからないでしょうけど、芸術家の衝動と言いますかね・・・」と皮肉っぽく言った。そこでいきなり高尾が、「よし、俺も!」と言うと、足跡もなにもない少し離れたところに移動して手を広げてばたっと倒れた。
 「見てん、間須さんのよりきれいな大の字ができたぜ」
 それを見て我慢できなくなった遠田は、「私も!」と言ってまた別の場所でばたっと倒れた。
 「遠田の大の字は細いね」
 笑いながら高尾が言った。
 「大の字に体型が出ますね。間須さんの大の字はなんか小さくてかわいいですね」
 遠田に言われてむきになった間須さんは、「そんなことはありません。よし、ではもう一つお見せします」と言いながらきれいな雪の部分に移動しようとして、雪の中の何かにつまづいたらしく、その場で顔からばたっと倒れてしまった。俺たちは爆笑した。
 「前に倒れて大の字とは思わなかったなぁ。さすが間須さんや」
 高尾がそう言うと倒れた間須さんが無言のまま顔を上げた。真っ白になったその顔を見て高尾と遠田は、腹を抱えて笑った。「参りました。参りました。優勝は間須さんです」 と言いながら遠田は間須さんが起き上がるのを手伝った。「間須君、風邪引くよ」と労わりながらも住職も大笑いしていた。俺もその時はみんなのはしゃぎようが愉快だったし、突然間須さんの狙っていない失敗にみまわれたので思い切り笑ってしまった。
車一台通らない、鳥の一羽も鳴かない静かな雷山の中腹で、俺たちの笑い声だけが響いて、まわりのあらゆるものを覆った白い雪の中にしみていくようだった。
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