えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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先まわり

( 事象 )

一 

 上杉のことだからまたいつもの店だろうと思っていたら、今日は熱澗の出る店にすると言ってきた。
 そういえばもう熱澗が欲しくなる季節だなと思った。今年は多少秋の訪れが唐突だった。私はめまぐるしい季節の交替に置き去りにされたようで、少し鼻風邪をこじらせていた。
 上杉とは直接店で落ち合うことにしていた。あいつの言う熱澗の出る店というのは天神の西通りにあるということだった。私は早々に仕事をきりあげて、六時にはオフィスを出た。 地下鉄を降りて五分も歩かないうちにその店を見つけることができた。華やいだ通りの中ではにかむように静かな雰囲気を出しているその店に入ると、上杉はもう奥のこじんまりとした座敷に一人陣取って、手酌で始めていた。
「今日はなんかえらい純和風やねぇ」
 私は靴を脱いで、すでにほの赤くなった上杉の向いに座ると言った。
「寒うなってきたし、たまにはよかろうが」
 酒の追加とつまみを頼んで、少しからまり始めた舌で「最上、今日はおごらしてくれ」と上杉は言った。
「どげんしたとや、おまえ。悩みごとでんあるとか」
「悩みごとっちゅうか、ほら、こないだ話したろうが・・・」
「あぁ、転職のことか。決心はついたとか」
 酌をしながら私が聞くと、上杉は杯の中で小さく揺れる酒を見つめたまま「うん」と頷いた。
 上杉のうかない顔はここ二ヵ月くらい続いていた。彼のやるせなさは今の仕事に対する不満と、飛躍を待つ彼の才能とに起因していた。
 杯を見つめている目を私の方に向けると、「やめろうかなぁ思うとる」 と彼は言った。
「そうか決めたか。で、どうするとや?」
「イベントの企画ばやるっちゅう会社を見つけたっちゃけど、そこに行こうか思うとる」
 そこで上杉は思いきったように一息に杯をからにした。 私は更に酒をすすめながら先をうながした。
「面接とかもう受けたとか?」
「こないだの水曜日に一応受けて、まず大丈夫そうな感じやった」
「そうか、そしたらいいやないか」
 私がそう言うと、運ばれてきた料理を前に上杉の表情は少し明るくなった。
「だいぶ迷うたばってんのぉ。俺はおまえみたいにすぱっと決めきらんけん。おまえんごた性格しとったら二ヵ月も悩まんかろうのぅ」
「ようそねぇ言われるばってん、俺ちそねぇはっきりしとるかのぉ?」
 何をとぼけたことをという感じで上杉は杯を持ったままの手で私を指差しながら言った。
「はっきりしすぎたいね。竹を割った性格てよう言うけどあれたいおまえは。今の仕事に変わる時もそうやったし、二人の女ば抱え込んでしもうた時もすぐ片方を選んだし」
「そん片方とも駄目になったばってんね」
 上杉は私の杯を満たしながら「それにしてんたい」と話題をかえた。
「おまえんごた性格は、まず占いとか信じんやろうのう」
「なんや、いきなり。おまえみて貰うたんか?」
「転職すべきかどうかの。そこの赤坂に有名な占い師がおるったい」
「誰に教えて貰うたとか?」
「うちの会社の女の子やばってんの。ようあたるらしいったい。そいでちょっとね」
 上杉は私が占いのような曖昧なものを嫌うのをよく知っている。それをからかうような表情をしてまるで私に挑んでくるような様子だった。
「それで?なんて言われたとか?」
 彼は座りなおして、からかうような表情をちょっと改めた。
「なんて言われたち思う?占い師も馬鹿にはできんぞ。『あなたは演じる役も舞台も間違っている。』げな」
「なかなか高尚なこつ言うのぉ」
「そやろうが。俺には俺にしかできん役と俺にあった舞台が待っとるてよ」
「そん台詞で転職ば決めたとか?」
「おぉ、決めたとよ」
 私は思わずため息をついてしまった。
「そういうこつで決める方がよっぽど竹を割っとうやないか」
 上杉は口に運びかけた杯を置いた。
「いやいや、おまえは知らんったい。そん占い師がどれだけようあてるか」
「へぇ」
 正直言ってこの時の私は上杉の話を聞き流しぎみに聞いていた。
「信じとらんめぇが。何でん教えてくれるとぞ。今度連れて行っちゃるけん」
「よか、面倒くさ」
 上杉は焼魚をつつきながら、座りかけた目の焦点を私にあわせて憐れむように言った。
「んん・・・さすが現実主義者は違うのぉ。尊敬するばい。おまえにはメンタルクリニックっちゅうもんもいらんやろうのぉ」
 そして横に置いている上着のポケットから四つに畳んだ紙きれをとりだすと「ほら」と私の前に置いた。
「一応、場所書いた紙ばやるけん、ひやかしでんいいけ気が向いたら行ってみぃ」
 それを突き返すのもちょっとどうかと思ったので、私は一応受け取って財布の中に入れた。
「そうそう、そん地図はのぉ、教えてくれた会社の女の子に書いて貰うたちゃばってん、そん女の子は最上ば知っとったぞ」
「おまえの会社の女の子とか知らんぞ俺は」
「ほら、だいぶ前に中洲に行ったろうが。前田が東京から帰って来た時に。あん時その子も偶然その店におったったい。そんで二、三日してからその子が、俺と一緒におったとは誰かて聞いて来たったい」
「教えたとか?」
「まずかったか?写真持っとるか聞かれたけ大学時代に太宰府にみんなで行った時の写真があったけそれば見せたら持って帰りよったよ」
「おぉ、結構もてるなぁ俺も」
 私は人を好きにはなってもあまり好かれることがなかったからその時はかなり悦にひたっていた。
「密かに慕われるとかいいのぉ。羨ましかぁ」
「どんな子や?」
「うちのオフィスじゃちょっと評判の美人ぞ。おまえにはもったいないくらいやの」
 こうしていつのまにか女の話にかわって最初の論旨を忘れて語りあかすのが私と私の大学時代の友人とのおきまりのパターンだった。
 上杉は転職のことはもう頭にはなかったし、はじめに見せたあの深刻そうな顔も三合の熱澗によってすっかり崩されていた。

       二

 またしてもやる気のない体にむち打って取引先の会社を訪問するために天神に出たが、先方が急用で出かけてしまっていたために私のその日の予定にすっかり穴があいてしまった。そのままオフィスに戻るのももったいないような気がして、私は近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。
 コーヒーを飲みながら通りを歩く女を眺めていたら、上杉の話に出てきた女のことを思い出した。彼女は上杉に占い師のところへ行くようにすすめたそうだが、彼女もやはり見て貰ったのだろうか?占いで人生の方角を見定めたのだろうか?あんな曖昧なものを一つの道標として参考にしたのだろうか?私にはとても理解できないことであった。
 私は占いを信じる信じないを問題にしているのではなく、それを真に受けて参考にするかしないかが重要であると考えていた。参考にするならするでそれは個人の選択である。だが自分の人生の方角をそれに頼ろうとは思わない。私の歩いていく方角は私が決める、それが私の意見であるし、世間一般もそうであると信じていた。 ところがあの上杉と彼にふきこんだ女とはどうもそのへんで私とは意見が分かれるように思われた。
 通りを眺めながらとりとめもなくそんなことを考えているうちに、
(そうや、ちょっと冷やかしてみょう)
 と、私のいたずら好きな性分がふと私に囁いた。
(どうせ暇やし、オフィス帰る前にちょっと非理論的人生相談と対決してみょうかのぉ)
 私は上杉をうまく操ったその占い師に挑戦するような心持ちで喫茶店を後にし、赤坂へと向かった。
 上杉に貰った地図を頼りに五分程歩くと、目的の"枯衰館"はすぐに見つかった。意外とモダンな雰囲気の小さな店で、特に目立つ看板も立ててないのでただのこじんまりとした雑貨屋かなにかと間違われそうな感じだった。
 ドアを押し開けて中に入ってみても、あの"占いの館"という感じの怪しげな雰囲気もなくこぎれいな店内が余計に占いからかけ離れた様相を呈していた。
 私は昼間だったのでまだ店を開けてないのかと思ったほど店内は静かだったが、「まぁ座らんね」と言う声が突然耳に入って一瞬ぎょっとした。私は私の目の前にさっきからずっと静かに座っていた小柄な老婆に全然気がつかなかった。
 小さな丸テーブルの向こうにショールにくるまった老婆が丸まって座っていた。そして私の方は見ずにテーブルの上を見つめたまま、
「あんた、占いば信じとらんやろ?」
 と、いきなり切り出してきた。 私は老婆に向かい合って座ると、
「なんでわかると?」
 ときいた。
「あんた、わたしゃこれでめし食いよっちゃけ、わかるくさ。あんたが店に入って来た時の疑うとる目でわかるくさ」
 老婆が顔を上げたので初めて私は老婆の顔を見れた。その無表情な目はガラス玉のように冷たく光っていた。 
「占い信じとらん人が何しにきたとね」
 私は返事に困ったが、
「まぁそう言わんといっぺん見てみてくれんですか」
 とりあえずそう答えると、老婆は仕方ないという感じで水晶を取り出すと、その上に手をかざしてしばらくじっと目を閉じていた。
「何ば知りたいとね」
 体はぴくりとも動かさずに老婆は言った。
「そうやねぇ。何ばあてるとが得意やとね、それでいいばってん」
「一応うちは女ん子の客が多いけん、恋愛運ばよぉ見るばってん、それでよかね?」
「いいよ。俺の恋愛運ね。ちょうど今一人やし」
 老婆は薄く目を開けると、水晶に焦点を合わせてだまりこんでしまった。私は途中で言葉を差し挟みたいのを必死でこらえて老婆の予言を待った。
 しばらくして老婆が急に視線を私に合わせて、「あんた、近々旅行するばいね」ときいてきた。
「旅行?するする。さ来週の週末に上高地に行くつもりしとるばってん。よぉわかったねぇ」
「そこで出会いがあるばい。えぇ人ばい。あんたついとるよ」
「出会い?あそう。そらいいねぇ。そら当たって欲しかねぇ」
「あんたそん人大事にせなでけんよ。えぇ人んごたあるよ」
 老婆は手をかざしたままの姿勢でまた水晶に視線を戻すと先を続けた。
「透き通るような水が見えるばい・・・こん水が幸運の象徴やねぇ」
「透き通るような水?」
 その言葉についつい興味をそそられて、信じないと言いながらももっと詳細にききたくなった私は、先を促そうと老婆の方を見たが、老婆は水晶にかざしていた手をひっこめて初めてはっきりと目を開いて私の方を見て、「二千円」と言った。その言い方がもっと聞きたいなら追加料金をとるぞという感じだったので、私はあきらめて金を払って店を出た。
 私が店を出る時は老婆はまた私が入ってきた時と同じように店内の家具の一つになってしまったかのごとく静かに体を丸めて座っていた。

       三

 数日後、私はまた同じ店で上杉と杯をかわしていた。
「透き通るような水がなんかいいらしいて」
「なんじゃ?」
 占い師の所に行った件を持ち出した私を上杉は不思議そうな顔をして見た。
「旅行に行ったら出会いがあって、それがなんか結構いい人でから、なんか幸せになれるっちゅー話やったよ」
「あ、最上先生行きんしゃったね?枯衰館に」
 私は多少照れ臭い感じで頷いた。
「行ってしまった。冷やかしに」
「いやぁ冷やかしにしろよぉ行ったねぇ。おまえがねぇ。へぇぇ。それで?透き通る水がなんて?」
「透き通るような水がなんか幸せの象徴らしいよ」
 上杉は眉間に皺を寄せたまま杯を一息にあけた。
「ふぅぅぅん、透き通る水ねぇ、なんか今度は詩的な予言たい」
「詩的やけどあたらにゃなんもならんよ」
「ま、そうやけどね。でんおまえが旅行するとはあたったたい」
「まぁね。ちょっとどきっとしたばってんね」
 含み笑いを浮かべた上杉はつまみをつついていたはしを私の方に向けて言った。
「そんくらいじゃぁ信用せんていいたいちゃろぉが」
「誰でん半年とか一年の間に一回くらいは旅行しょうもん、今時」
「難しいやっちゃ」
 上杉は手酌で辛口を流しこむと、つぶやくように言った。
 私は自分に対する予言のあたるあたらないよりも、上杉の仕事の方が心配だったので話題をかえた。
「おまえの方はどげんなりよっと?仕事はうまくいきよぉとや?」
 上杉は酔がまわってきてうなだれていた頭を急に持ち上げて言った。
「おれか?おれん方はあん枯衰館のばぁさんのおかげでえらい順調にいきよるよ」
 赤らんだ顔をくずして嬉しそうにしているのを見て、私もつられて嬉しくなるようだった。
「新しいとこはいつから行きよぉとや?」
「もう一週間くらいなるやろか。なんかいい感じや今んとこ。おれにあっとるごたある」
「そうか。あんばぁさんも人の役に立ちよるったい」
「そぉやこた。だけん、おまえもうるさがらんと、運命に正面からぶつかってみぃ」
 上杉は占いを信じてうまくいった自分を誇るかのような言い方だった。
 話題はまた占いに戻ってしまった。
「おれは別に運命を避けとるわけじゃなかよ。ただ信じんだけたい」
「それが避けとぉとたい。現実主義っちゅう仮面ばかぶってから自分をごまかしよぉとたい」
「そしたら占いば信じることが運名に従うことになるとか?」
「まぁ例えばたい、占いも一つの人生の道標と考えてたい」
「すさまじい例えやな。おまえ変な宗教入りそうでこわいのぉ。いいか、おれの言い分は、おれの運命はおれが作るっちゅうことよ。人間努力しだいで人生変えれるとさ」
 さとすように私が言うと、彼も杯を置いてむきになって反論してきた。
「そねぇしておまえが努力して自分の運命を変えていくっちゅうこと自体が、もう運命で決まっとぉとさ」
 私は結論の出ない議論になりそうだったのでそこで強引に話を打ち切った。
「そがん言いよったらきりがないたい。もういい、占いの話は終り」
「そしたら何の話や?」
「決まっとろぉもん」
「女か」
 というわけでまたしても私と上杉の宴は女の話で幕を閉じた。

       四

 数年前に芥川龍之介の"河童"を読んだ時に、私は舞台となった上高地に非常に興味を持った。一人でそこへ出かけて以来その魅力にとりつかれてしまい、何度も行くようになってしまった。今回はもう四回目になる。
 最近は福岡と松本の間に直通の航空便ができたので専らそれを利用している。今回もそれで松本へ降りた後は観光バスに乗って上高地へと向かった。
 十一月というとこのへんではもうかなり寒くなっている。厚着をしてきたつもりだったが、いざ到着して駐車場でバスを降りると身を切るような寒さに迎えられた。さすがに九州育ちの自分にとっては何回来てもこの寒さには参ってしまう。それにいつもなら夏の終りの九月くらいに来るのだが、今回は十一月という九州でも冬の入り口にさしかかる頃に来たものだからまた特にこたえた。
 駐車場の横にはレストランと休憩所と土産物屋と登山者のための連絡所が一緒になったような建物があって、いつもそこでしばらく休憩してから遊歩道に向かうのだが、今回はこの強烈な寒さに多少とまどったせいでいつもより長くくつろいでしまった。
 同じバスには二十人ほど乗っていたが、そのほとんどは私と同じようにバスを降りるとすぐにこの建物に入った。皆一様にこの上高地の寒さにとまどっているようだった。
 私はストーブの横でコーヒーを飲み、体の中から暖まったところで思いきりをつけてザックを背負い、散策道へと向かった。
 穂高山は頂上付近をすっかり白くしていた。林に沿って続く小道を抜けてあの有名な河童橋の上に立ち、穂高山の方角から続いている静かで清らかな流れをしばらく眺めていると、全てを一からやりなおせるような純粋な気持ちが湧いてくる気がした。
 河童橋を過ぎるといよいよ散策道へと入って行った。
 足元一面に自生している笹を保護するかのように木でこしらえた通路がいつもと同じように私を待っていた。乾いた靴音をたててそこを歩く時にはいつもまわりの木立が話しかけてくるようで、自然との一体感が私を感動させてくれる。
 明神池へと向かう私と平行に梓川が歌うように流れていた。その美しいせせらぎの音は普段の生活に疲れた私を慰めるに十分な一種の魔法だった。
 歩いていると少し体も暖まってきて初めほどは寒くなくなってきた。時々登山者や観光客とすれちがい、その誰もが軽く会釈していくのは私の心を暖めてくれた。
 一時間くらい歩くとやっと林がひらけて、古びた茶店のあるところに到着した。いつもならここで一服して行くのだが今回は最初の休憩所でたっぷり英気は養っておいたのでそのまま横切って神社の社務所の方へと向かった。その先には目指す明神池がある。
 時計を見ると午後四時だった。観光客もそろそろまばらになり始めていた。
 愛想のいいじぃさんに拝観料を払って小さな社に手をあわせてから横の小道を抜けて一の池に出た。
 一の池は底まで透き通った水が凍ったように動かないでいた。その上にはまがもが数羽、これも木彫りの置物のように無表情にたたずんでいた。
 池の縁に近づいてみるとまがもの群れが思い出したように動き出して私の方へと寄って来た。観光客にすっかり餌づけされたせいかものおじせずに私の前に集まって水面に何か投げ込まれるのを待っている様子だった。どれも茶色の羽の下には鮮やかな青と白の羽を隠しており、喉の奥でくぐもったハスキーボイスを出していた。
 そのうち二、三羽がふと向きを変えて私の視野から外れていった。すると他のものもつられるようにそちらへと移動していった。なにがあるのかと私がそちらへと視線を移すと、寂しげに座る女がまがもの群れに餌を与える姿が見えた。小さな膝を抱えるようにして座り、まがもの群れと戯れる姿は寂しげにも美しかった。まがもと話している表情はかすかに微笑んでいるようだった。私の口からは無意識に言葉が出てきた「あの、どこから来られたんですか?」。

       五

 林の中の観光道路をくぐるように走る帰路のバスの中で、私は前日の湖での出来事を思い返していた。

「福岡ですか?」
 私は一の池の縁に座り込んだままの姿勢で言った。
「えぇそうです。あなたはどちらから?」
「私も福岡からですよ。なんや、それやったら博多弁で話してんよかですね」
 私が少しリラックスした感じで言うと、彼女もふざけて「よかですよ」と言った。
 博多弁のせいか彼女とは気楽に話せそうだったが、私はいきなり彼女のそばに近づいていくことは避けた。
「今日来たとですか?」
 私が尋ねると彼女はまがもの動きを見つめたまま「そうです。午前中の便で」と答えた。
「あ、そしたら私と同じ便ですね。一人で来たとですか?」
「ふらっと一人で旅行するとが好きで・・・上高地は二回目です」
「私はもう四回目です。いいとこですよねぇここは。九州の自然もいいばってん、ここもなんか何遍もきたくなるとこですねぇ」
「四回?四回とも一人ですか?」
「四回とも一人ですよ、情けないですけど。彼女の一人も連れて来たいですけど、前つきあってた子は誘っても来てくれんやったとです。今は誘う子すらおらんですけど」
「男の一人旅はかっこいいけど、女の一人旅は失恋しとるみたいでなんか寂しい感じがしますね」
 彼女は微笑みながら顔を上げてちらっと私を見て言った。
「黙ってそこに座っとったとこはほんき寂しそうな感じやったですよ」
「そうですか?そしたら黙っとこうかな。ふふふ本当は全然そんなじゃなくて、何も考えてなかったとです」
「さまになっとったですよ、なんか」
 私がそう言うと彼女は照れた様子でうつむいた。
 私はいつしか明るさが若干失われたまわりの自然を見回した。
「どこに泊まっとぉとですか?」
 私が尋ねると彼女もまわりを見回しながら、
「帝国ホテルです」と答えた。
「私も帝国ホテルですよ。お一人なら一緒に食事しませんか?」
 自分にも意外に感じるほど私はストレートに彼女を誘ってしまった。そして彼女もそれを待っていたかのようにすんなりと「あ、いいですね」と承諾してくれた。

 その後帝国ホテルに戻った私と彼女は、何年も前からの友人同士のようなざっくばらんな会話をしながら食事をした。そして今朝、福岡での再会を約束して私はバスに乗った。彼女は私よりも後の便の飛行機だった。
 私は彼女との出会いからの一部始終を思い返して一種の不思議な戦慄を覚えた。それはあの枯衰館の老婆の言葉を思い出したからだ。"旅"、"透き通る水"、"出会い"、くやしいがどれも現実のものになった。だからといって私は上杉のようにあの老婆に感謝する気にはなれなかった。なぜなら確かに結果的には予言通りにはなったが、彼女との出会いは私が彼女に話しかけることによって作り上げた現実であり、再会の約束をしたのも私の判断で生まれた未来であるからだ。
 私は予言の一つ一つを避けることはできた。しかし私は避けなかった。自分で一つ一つ現実へと変えていったのだ。私が右足から歩き出そうが左足から歩き出そうがそれは私が決めることであって、運命によって次は右足からと決められているのではないのだ。
 私は確かに彼女に一目惚れしてしまった。心を奪われてしまった。だが一目惚れするように、心を奪われるようになっていたのでは断じてないのだ。

       六

 明神池の出会いから一年が経過した。あの後、福岡で再会した私と彼女であったが、急転直下恋に落ちて何の迷いもなく結婚してしまった。
 私はありのままの私を好きになってくれる彼女が愛おしく、初めて幸せというものを実感した。そして私は彼女の愛を常にそばに感じる日々を過ごしている。
 幸せを見つけた今となってもあの枯衰館の老婆に感謝する気持ちにはなれない。あれからいろいろと考えてもみたが、やはり現実主義の私としては運命だなんだと考えることすら煩わしくなって、いつしかどうでもよくなっていた。終わり良ければ全て良しというところか。
 上杉は勝ち誇ったように「それみろばぁさんの言うた通りやないか」とさんざん結婚式の時には私をからかっていた。彼女は何の話だと聞きたがっていたが、私が話してあげないので上杉に聞いていた。
 まぁ何はともあれそういうわけで私は一つの幸せを見つけた。それだけで十分だ。
 それもこれもあのばぁさんのおかげ?とんでもない私のおかげだ。
 
 
 
( からくり )
  
 
 最上と飲むけんまたいつもの店にしようか思うたばってん、そろそろ寒うなってきたけ今日は熱澗の出る店にしたばい。
 今年はなんかいきなし秋になったような感じでからくさ、こないだまで暑かったとがなんか信じられんばい。
 最上とは大学の同期でから就職してからもよぉ飲みに行ったりするばってん今日はあいつに相談したかこつがあったけん、俺ん方から電話で呼び出したとよ。
 相談ちいうても大した相談やないとよ。俺の転職のことやちゃけど、もう受けたいとこの面接にもパスしとぅみたいやけん、俺の中ではもう解決しとることやとよ。
 そしたら何で最上ば呼び出すかっちゅうとね、これがちょっとおもしろい話しがあってからくさ、ある女ん子に頼まれたことがあって・・・最初から話そうか?

 その女ん子は浅井ちいう名前で、うちの会社の女ん子の友達でから時々合コンとかに来よったけ俺も前から知っとったとよ。その子が夏前くらいやったかな、俺に相談ばもちかけてきたとよ。
「上杉さん、こないだ中洲の焼き鳥屋で飲みよったでしょ?」 
 喫茶店で彼女は開口一番そねぇ言うたとよ。
「こないだ?あぁ野郎三人でね。東京に行った大学ん同期が帰ってきとったとよ」
 俺がそねぇ言うたら彼女はそれから質問攻撃にはいったとよ。
「上杉さんは一番端に座っとったろ?」
「座っとったよ」
「真ん中に座っとった人だれ?」
「真ん中におったとは・・・最上っちゅうやつよ。」
「その人も大学ん同期?」
「うん」
「同い年?」
「そう」
「どんな人?性格とか、趣味とか」
「どんな人て・・・性格はさばさばしとって曲がったことが好かんで・・・まぁいい性格しとるち思うよ。趣味は旅行やね、あいつは。一人でふらふら旅行するよ」
「彼女とかおると?」
「今おらんよ。なんで?好きやと?」
 俺がにやついて聞いたもんやけん、ちょっと照れてから視線ばそらしよったよ。
「私もあん時焼き鳥屋におったとよ」
「そうね、それで最上ば見て一目惚れ?」
「まぁそんな感じ」
 きまりわるそうな感じがかわいかったばい。
「俺にキューピッドになれち言いたいちゃろ?」
「うまくいった暁には焼き鳥何本でもおごります」
 拝むようにして頼むもんやけん俺もなんか断わりきれんでからくさ、柄じゃないばってんキューピッド役になってやることにしたとよ。
「浅井ちゃん、キューピッドになってんよかけどあいつは結構堅物やから正攻法じゃ多分駄目よ。恥ずかしがるけんデートもされんよ」
「そしたら正攻法じゃないなんかいい方法ないですかねぇ」
 ふざけとぉみたいで実は真剣に悩んどる彼女やったけん、なんか俺もかわいそうになってから、「よし、俺がなんとかしちゃるけん」言うて、いろいろ作戦ば考えてやることにしたとよ。
 それから何日かはずーっと作戦ば考えたよ。
俺の類稀なる脳みそでから考えに考えた末に、ついに天才的な悪だくみば思いついたとよ。それで早速また浅井ちゃんば喫茶店に呼び出して作戦会議ばしたとよ。
「思いつきました?いい方法?」
 店に入ってくるなり浅井ちゃんは飛びつくような勢いできいてきたよ。
「まぁちょっと落ち着かんね。いい方法ば思いついたけん、説明しちゃるけ」
「どんな?どんな?」
 こん時の浅井ちゃんの勢いには参ったばい。そして女一人をここまで真剣にさせる最上がつくづく羨ましゅう感じたよ。
 俺はコーヒーで口を湿らせてから作戦の全貌ば説明してやったよ。
「"占い"ば利用するとよ」
「占い?」
「浅井ちゃん見てもろうたこつある?手相とか姓名とかいろいろあろうが」
「一回手相見てもらうたけど・・・占いでどうするとですか?」
「最上に占いに行かせてから恋愛運ば見てもらうようにしむけるとよ」
「で?」
「そこで言われたことば聞き出してからそん予言通りになるように細工するとよ」
「出会いがないとか、あっても五年先とか言われたら?」
「会社の女ん子に教わった"枯衰館"ちいう水晶占いばするとこがあるちゃけど、俺そこのばぁさんと顔見知りやとよ。もう何回も行ったけんね。それでそんばぁさんに細工しやすいような事ば言うて貰うとよ」
 浅井ちゃんはしばらくあっけにとられたような感じで頭ん中ば整理しよるようやったよ。
「占いで何て言わせるとですか?」
「あいつ十一月くらいに上高地行くとよ。それでそこで出会いがあるっちゅうふうに予言して貰うとよ」
「で?」
「それで浅井ちゃんが先回りして待ち伏せしてから占いの通りになるようにするとよ」
「で?」
「それでシチュエーションは出来上がりたい。あいつは現実主義とか言うて強がっとるけどああいうタイプが実は一番占いとか気にするとよ。不吉な予言とかされるのが怖いけん行きたがらんだけやとよ。占い師に幸せになるて言われたら誰でも信じたくなるやろ?あいつも絶対信じるよ、表面では信じん振りをするやろうけどね」
 俺はここで一息ついて、浅井ちゃんの表情を伺って徐々に理解していく様子ば確認した。
「後はあいつが浅井ちゃんに出会ってどうするかたい。あいつがもし浅井ちゃんになんか感じるものがあれば口説いてくるやろうし、ないならただの旅先での出会いで終わるやろうし、そこは本当に"運"に頼るだけたい」
「そうですね、最上さんが私をどう思うかはわからんですもんねぇ。でも一つ疑問」
 浅井ちゃんは首をかしげたまま俺の顔を見上げてこう質問してきた。
「占いに行かんて言うたらどうするとですか?」
「そこたい問題は」
 俺はここぞとばかりに胸をはって浅井ちゃんに言うてやったよ。
「俺がそこんとこはなんとかするけん。あいつば絶対占い師のとこに行かせてみせるけん、任せんね」

 ・・・ちゅうわけよ。その後俺は枯衰館のばぁさんに話をつけて、今この飲み屋で最上を待っとるとよ。あいつを枯衰館に行かせるためにね。
 もうそろそろ来る頃やろ。お銚子二本くらい頼んどくか。
 あいつを説得する方策をいろいろ考えて来たよ。なんとしてもあいつを枯衰館に行かせないけんけね。今回の俺の転職の成功も占い師の予言通りやったことにしょうか思うとるんよ。
 もし行きそうになかったらとりあえず地図だけでんわたしてからちょっと様子ば見てもうか思うとるんよ。意外と自分で行きたくならんとも限らんしね。
 俺の見たところじゃあいつは絶対占いとか気になってしょうがないタイプなんよ。そこんとこは間違っとらんち思うよ。だけん、絶対浅井ちゃんとの出会いば運命的なもんと思うてしまうよ。そしたら浅井ちゃんにとっては万々歳やし、俺にとってもこの二人がうまくいくとは嬉しい限りや。
 それにしてん、もしこの悪だくみがうまくいったらおもしろかろうや。運命に先まわりして幸せをつかもうとしとる女と、運命に従って幸せをつかもうかどうしようかと迷っとる男のラブストーリーや、なかなか傑作やないか。お、銚子が来たな、冷めんうちに始めてしまおう。最上のやつはまだかいな。
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