えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第35回

 俺は酔った。気持ちのいい酔いだった。それに夕べからの仕事の疲れで俺の意識は徐々にぼんやりとした霞がかかったようになってきた。
 「内田さん、毎日ご飯は自分で作るとですか?」
 「作りますよ。嫁さんにいろいろ習ったんです」
 「いろいろご不便じゃなかですか?」
 「まぁ・・・休みの日は家事に追われますけど・・・それも慣れました・・・」
 俺の傷に触れないように彼女がおそるおそる話しているのがわかった。
 酔っている状態で自分のことを話すと思わぬ寂寞に襲われるのはわかっていたから、俺は聞かれたこと以外は話さないようにした。だが彼女の様子はもっと俺の心理の奥を覗きたいふうだった。
 「・・・再婚はされんとですか?」
 核心に来たなという感じがした。まともに答えるべきかどうか考えたが、正常でない俺の頭は惰性で答えることを選んだ。
 「今は・・・考えられないですね・・・」
 「奥さんのこと、よっぽど・・・」
 「ええ。好きでした・・・」
 「・・・」
 「自分の全てを賭けれるくらいね・・・自分が生きている理由がそこにありました。全ては彼女のためでした。だから・・・もう私にはこれからの時間はあまり意味がないんですよ。自殺はしないと思いますけど、ただ死ぬまで生きるという感じです。まぁそのうち楽しいことも少しはあるかなと思いつつね・・・」
 「だめですよ。そんな生き方」
 「ええ。だめです。もう考えるのも疲れました」
 「内田さん・・・」
 俺はソファにもたれて目を閉じた。まずい、こういう話はまずい・・・そう思ったが既に手遅れだった。またいつものように俺の横に悲しみが近づいてきて肩をゆすった。ほら、泣けよ、千秋に会いたいんだろ?泣けよ・・・
 「奥さんはそんな内田さん見て喜ばっさんですよ。元気にならなつまらんですよ」
 「・・・・・・」
 「残りの人生も強く生きて欲しいて思うとらすとじゃなかですか?落ち込んだ内田さん見たら奥さんも悲しいとやなかですか?」
 「そうですね・・・わかってるんですよ自分でも・・・」
 「それなら・・・」
 「わかってるんですけど、なんていうか、踏ん切りがつかないんです。私としては新しい人生を作る気がまったくないわけでもないんです」
 彼女は身動きひとつせずじっと俺の顔を見ていた。
 「千秋に生き返って欲しいとか、そういうことじゃないんです。誰でも大事な人との死別は経験するものです。それを乗り越えて生きていくのがいわば人間の義務です。私もそうしたいです。ただ、ただひとつだけ・・・」
 「・・・ひとつだけ?なんです?」
 「別の世界に行く彼女に一言伝えたかったんです・・・ごめんねって・・・あの日の朝つまらないことで喧嘩したんですよ。ほんとにつまらないことで・・・それでいつも彼女が先に出かける時は見送るんですが、その時は私は見送らなかったんです。私は二階の自分の部屋にいたんですが、玄関で彼女が『行ってくるね』っていつものように優しく言ってくれたのに、私はへそまげて何も答えなかったんです。そのことをどうしても謝りたい・・・自分の全てを賭けて愛していた千秋に最後に見せた顔が笑顔じゃなかったなんて、私にはどうにも耐えられない苦しみなんです・・・どうしても忘れられない後悔なんです・・・」
 堰を切ったように涙が溢れて俺の頬を流れた。幾筋も幾筋も流れた。ぬぐってもきりがないのでそのままにした。わずかに目を開けると部屋の中のものがにじんで見えた。目の前で彼女が泣いているのも見えた。
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