えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第32回

 境内のかがり火は冬の闇を押しのけていた。それが隅のほうにたまってしまったように、明りの届かない場所は余計に闇が深くなっていた。時計の針が十二時に近づく頃には参詣の人で足の踏み場もないくらいになった。
 俺は混雑から少し離れた場所からその様子を撮影した。住職のお弟子さんが除夜の鐘の準備のために仁王門の上に登って行くのが見えた。
 観音堂前の石段は上る人と下りる人の交差する列で埋まっていた。撮影ポイントを移動するのにも時間がかかった。
 北村住職や間須さんたちは忙しくて結局観音堂から下りないままだった。俺は一人であちこちと移動して撮影した。カメラを持つ手が冷たかった。
 観音堂の前から石段を見下ろすようなポジションから、参詣に来る人の群れを撮影していると、ファインダーの中にひと際白い顔が入った。福田さんだった。これで三度目なのでさすがに俺も遠田が言っていたことが本当かもしれないと思った。俺は話しかけるかどうかちょっと迷ったが、いずれ見つかるだろうと思い、彼女が石段の一番上に来た時に声をかけた。
 「福田さん!」
 「あ、内田さん、やっぱおんしゃった!」
 「私がいると思って来たんですか?」
 「どうせ初詣に行くつもりやったけん、ここなら内田さんもおるかなて思うて」
 「やっぱりストーカーされてますね。ははは」
 寒くて笑い声もどこか凍っていた。
 「内田さん、まだおるとでしょ?」
 「はい。もう少しいます」
 「ちょっとお参り済ませて来ますけん、待っとって下さい」
 彼女はそう言うと観音堂へと入って行った。
 参詣客は予想以上に多く、観音堂の中も人でいっぱいだったようで、彼女が出てくるのに少し時間がかかった。
 「すいません、お待たせしました。中もすごかですよ。コート着てたら暑いくらいでした」
 仁王門の方角から除夜の鐘が鳴り始めた。俺たちは人の波にもまれつつ石段を降りていった。灯火がともった石灯籠が並ぶ前で彼女が言った。
 「内田さんは取材終わったら帰らすとですか?」
 「いいえ、ホテルに仮眠に戻って、朝また戻ってきます。早朝の様子を少し取材して終わりです」
 「その後はなんか予定があるとですか?」
 「帰って寝るだけです」
 「それやったら・・・」
 彼女はここでちょっとためらった。その美しい横顔を揺れる石灯籠の灯火が照らしていた。高い鼻が印象的だった。
 「帰りにうちに寄らんですか?お雑煮ば食べに来らっさんですか?」
 「お雑煮ですか?いいですね。ご自宅はどちらなんですか?」
 「箱崎です」
 「お雑煮自分で作られるんですね。それともお母さんが?」
 「私、一人で住んどるとです。友達が正月に遊びに来る言うけん、張り切って作ったら、友達が来れんくなったとです」
 「そうですか。もったいないですね。じゃぁお言葉に甘えて寄らせていただきます」
 「ええ、是非どうぞ」
 俺を見上げる瞳は灯火を反射してオレンジ色に輝いていた。俺は一瞬、その美しさに魅了された。
 「えーと、住所を教えて下さい」
 俺は間が持てなくなって彼女に聞いた。
「箱崎の三号線沿いに明文堂っていう本屋さんがあるでしょ?」
 「はいはい、ありますね。たまに行きます」
 「あの本屋まで来たら携帯に電話して下さい。誘導しますけん。あそこからすぐです。私の携帯の番号は・・・」
 「あ、わかりますよ。パーティーで頂いた名刺に書いてあったのでいいんでしょ?」
 「そうです。そこに電話して下さい」
 「わかりました」
 「お屠蘇もありますけん、飲んで行ってください」
 「いや、車なんで・・・」
 「そがん、すぐ帰らんでもよかやなかですか。酒が冷めるまでおってもよかでしょ。なんも用事はなかとでしょ?」
 その誘い方が博多のおやじそのものだったので思わず笑いが出てしまった。
 「なんがおかしかとですか?」
 「いえ、べつに・・・」
 「私の博多弁ば笑いよらすとでしょ?治らんとですよ。どこに行っても出てしまうとです」
 「だめだめ、治したらだめですよ。どうか治さないで下さい」
 「治さんと内田さんに笑われるけん」
 「すいません。笑いませんから治さないで下さい。なんか福田さんの博多弁を聞くのが楽しみになってきました」
 「電話くれたらいつでも聞かしちゃぁですよ。あははは!」
 屈託のない彼女の笑い声は、山の冷気で凍えていた耳に気持ちよく響いた。
 「じゃぁ、待っときますけん」
 「ありがとうございます」
 彼女は「部屋掃除しとかな!」と独り言をもらしながら山門を抜けて行った。その姿はたとえようもなくかわいかった。
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