えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第31回

 その年も終わりに近づき、会社は冬季休暇に入ったが、俺は一人で取材の準備をして、予約を入れている前原のビジネスホテルに向かった。大晦日の夜と元旦の早朝の千如寺の様子を取材するつもりだった。ホテルには除夜の鐘の取材の後に戻るのでおそらく深夜二時頃になるだろうと思った。そして早朝は五時には出ないといけない。わずか三時間ほどのホテルの利用だったが、多少でも仮眠をとっておいたほうがいいと思ったので部屋をとった。
 ホテルにチェックインすると、狭いシングルに通された。荷物を置いて窓のカーテンを開けると遠景に雷山が見えた。おそらく夜はかなり冷えるだろうと思ったので一枚余計に着込んだ。
 少し休憩してホテルを出たのが夜九時。まだ坂は凍結していないと電話で北村住職に聞いていたが、一応タイヤはスタッドレスに替えてきた。千如寺への道をゆっくり登ったが、まだ参詣の車はあまり見なかった。駐車場に車を止めて寺に入った。
 境内は雪には覆われていなかったが、冷たい空気が草木の動きを凍らせているようだった。ちらほらと参詣の人が肩をすくめて動いていた。葉をなくした大楓の姿は余計に体を冷すように感じた。
 「こんにちは・・・」
 俺は事務所のほうに声をかけた。すぐに「はい」という返事とともに住職の奥さんが出て来られた。
 「あ、お疲れ様です」
 「住職はお忙しいんでしょ?」
 「今、観音堂で準備しております。呼んできましょうか?」
 「いいえ、今日は大晦日の夜と元旦の朝の境内の様子を取材するだけなんで、どうぞお気遣いなく」
 「すいません。下りてきたら呼びますので。寒いので上がられて下さい。今お茶を出しますので」
 「すいません・・・」
 靴の底から伝わる寒さがきつかったので奥さんの申し出はありがたかった。俺は事務所に通され、猫が気持ち良さそうに寝ているソファの隙間に座った。
 ほどなく奥さんがお茶とお菓子を持って入って来た。
 「ここは寒いでしょ?まだ雪は振りませんけどだいぶ冷え込んだんで今年は参詣される方が少ないかもと話してたんです」
 「どうですかね?坂が凍結してないからまだいいんじゃないですか?」
 奥さんはお茶をのせてきたお盆を抱くようにして住職の作業机の前の椅子に腰掛けた。
 「そうですね。凍結したらもう、誰も来ません。ふふふ・・・完全に孤立しますよ」
 「四駆のスタッドレスじゃないと上がれないって住職言ってましたもんね」
 「凍結した日は静かですよ。境内に人の気配がなくて」
 「一回、そういう時に来てみたいですね」
 「雪が積もれば誰も来れないので今度積もったら来て下さい。ふもとで電話してもらえば住職が迎えに行きますので」
 「でもあつかましくてそんな・・・」
 「住職は内田さんが来るのすごく楽しみにしてますから喜びますよ。雪の日は暇になりますから逆に来て欲しいと思いますよ」
 奥さんは年齢を推測できない美しい笑顔を浮かべて言った。落ち着いた物腰は奈良時代から続く古刹の住職を支える人としての気品を備えていた。
 「仕事で雪の千如寺の写真も撮りたいので、今度雪が積もったらお邪魔します」
 「どうぞどうぞ。高尾さんと遠田さんもご一緒にどうぞ」
 「ありがとうございます」
 かすかな風が雨戸を動かしている音が聞こえた。俺は事務所の窓から境内を覗いたがまだ人の動きはまばらだった。
 「何時くらいから多くなりますか?」
 「だいたい十一時過ぎてからですね」
 「それから朝までにぎわいます?」
 「いいえ、二時過ぎたくらいに一端静かになります。そして朝六時くらいからまた多くなります」
 「じゃぁ、二時までいて朝五時半くらいにくればいいですね」
 「ホテルに泊まられるんですか?」
 「ええ。仮眠に戻るだけですけど」
 「年末年始もお仕事で大変ですね」
 「いえ、仕事してるほうが精神的に楽なんで」
 俺がそう言って笑うと奥さんの目に憐れみが浮かんだのがわかった。
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