えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第29回

 またあのいやな夢を見た。千秋が死んでから何度か見たあの夢を。
 俺は家族から「すぐにテレビを見ろ」と電話を受けて、仕事中のオフィスのテレビのスイッチを入れた。全部の局で航空機事故が報道されていた。便名は・・・まさか、まさか、千秋が乗った便か・・・まさか・・・。
 俺は課長に言ってすぐに空港に向かった。国際線ターミナルの一階に行くと、受付みたいに机が置かれていて、その前に人だかりが出来ていた。既に事故機に乗っていた人の家族が事情を聞くために集まっていた。航空会社の人間は何を質問されても答える材料がないらしく、ただ「現地からの情報を待っています」を繰り返していた。
 しゃがんで泣き崩れる女性、係員にけんか腰で詰め寄る男性、途方にくれたような老人、不安に押しつぶされそうな子ども・・・そこには悲しみが大きな集団を形成していた。福岡の街に均等に配置されていた悲しみが、その時だけこの一箇所に集中してきたような感じだった。俺は、「こんなところに俺がいるのは間違いだ、ここにいてはいけない」と内心思いつつ、ただその集団を少し外側から眺めて立っていた。
 係員の一人が近づいてきた。
 「ご家族の方ですか?」
 「・・・はい・・・」
 「事故機に乗ってらっしゃった方のお名前を教えて下さい」
 「ち・・・千秋です。内田千秋・・・」
 係員は名簿に目を通していた。
 「内田千秋さんですね・・・」
 係員の目が名簿の一箇所で止まると、
 「・・・乗ってらっしゃったようですね・・・こちらへどうぞ・・・」
 と一段低い声に変わって長テーブルのところに案内された。
 「ご連絡先を記入していただけますか?今捜索隊が現地で活動中ですので、なにかわかった場合にご連絡差し上げますので」
 「・・・わかりました・・・」
 俺はその時点でもまだどこか自分を取り戻していなかった。脳が現実を受け入れるのを拒否して正常に働いていなかった。名簿に記入しようとペンをとった。握ったペンの感触が俺を現実に引き戻した。その途端、俺の全身が細かく震え始めた。ペンを持つ手にも奮えが伝わり、字が書けなかった。指先が自分のものでないように安定しない。一字も書けない。どうしようかと焦るとなおさら書けなかった。横で係員が、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。俺はペンを置いて震えが止まるのを待った。だがいつまで待ってもそれは止まらなかった・・・。
 いつもここで目が覚めた。夢というより、あの人生最悪の光景の繰り返しだった。日中に仕事が忙しくて、珍しく俺の中に悲しみがよぎらなかった日も、夜この悪夢に襲われればまた俺はあの日の状態に引き戻された。
 あの瞬間に全てが終わった。たくさんの希望の灯火は、思いがけない強烈な突風によって一瞬に吹き消されてしまった。夢、幸福、思い出、努力、期待、希望、自由、喜び、優しさ、あたたかさ、楽しさ・・・全て消えた。全ての火は消えた。そして煌々と明るかった俺の内側は真っ暗になった。仕事で遅くなって帰って来た時の、あの千秋のいない家と同じように真っ暗になった。
 目が覚めた時に襲ってくる厭世観・・・これは何にも勝る耐え難い苦痛だった。自分が何のために今日を生きるのかがわからないことこそ、人間から力を奪うことはないだろう。それでも俺のまわりの社会は動き続ける。だから俺も動かなければならない。内側は真っ暗なまま、身体は機械的に動かしてその日のやるべきことをやる、話しかけてくる人には適当に応対する、そしてまた真っ暗の家に帰り・・・。
 夢を見ないように寝ることは不可能なのだろうかと考えた。思い切り疲れて寝れば見ないだろうか?睡眠薬は?酒は?
 唯一、周りの人間の優しさに応えるために、俺は最後の手段を思いとどまっていた。家族や同僚のために。だがそれも限界かもしれないと思い始めていた・・・。
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