えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第25回

 もと来た道を同じように峠を越えて戻って、反対側のふもとに下りたところに「浮嶽茶寮」はあった。大きな古い民家を買い取って古さを残しつつうまく改築した、ノスタルジックな雰囲気のいいお店だった。俺はこの店を「千如寺」の北村住職の紹介で知って以来、数回足を運んでいた。地元でとれる野菜や魚を利用した懐石料理は、家庭の手作りの味の延長線上にあって、気張らずに食べることができた。作り手の思いが伝わる優しい味で、一度来れば誰しも二度、三度、と訪れたくなるような店だった。
 駐車場に車を止めて、昔の日本家屋独特の広い土間の玄関に入ると女将さんが出迎えてくれた。
 「いらっしゃいませ。内田さん久しぶりですね」
 「ご無沙汰してます」
 「こちらをご用意しています」
 女将さんは玄関のすぐ横の個室に案内してくれた。六畳の和室の真ん中が掘りごたつ状に穴が開いていて、座椅子にかけると膝を曲げずに座れるようになっていた。壁、襖、天井、床の間、どこも細かい配慮で上品に改装されていた。
 「うわー、こんなすごいところでお食事できるんですか?すごーい!」
 遠田は店の雰囲気にかなり感動している様子だった。
 「ここで食事したら帰りたくなくなりますよねきっと」
 「落ち着けるやろ?実際、帰りたくなくなるよ。俺もいつも長居してしまうよ」
 「でもお店ですからあんまり長く居れませんよね?」
 「大丈夫。ここは決まった組数しかとらんとよ。お昼もね、四時までおっていいとよ。中には昼寝して帰るような人もおるって」
 「へー、いいですね!じゃぁゆっくりできますね」
 「うん。今日は時間を気にする必要もないし、ゆっくり食べりぃ」
 「はい」
 彼女は窓から外を見ていたが、すぐ横に建っている納屋のようなものに気付いた。
 「あれはなんですか?」
 「昔の納屋よ。あっちもいい感じに改装されてるよ」
 「じゃぁあっちでも食べれるんですか?」
 「いや、カフェになってると。店の名前も違うよ。えーと・・・『山ぼうし』やったかな?いつも食事した後はそこに移動してお茶するんよ」
 「いいですね!後でお茶しましょう!」
 すっかり上機嫌になってはしゃぐ彼女の表情は子どものように混じり気のないものだった。透き通るように純粋な笑顔だった。
 最初の料理が運ばれてきた。女将さんの説明を聞いた後、食前酒で軽く乾杯。そして料理をじっくり味わいながら食べた。
 「優しい味がしますよね」
 「なんか作り手の客を思う優しさが味に出てるって感じやろ?」
 「ほんとそうですね」
 「おいしいけど、高級割烹みたいに気取ってないしね」
 「なんか食べてて身体が喜んでるのがわかります」
 「食べる人の健康に配慮して作ってあるけんね」
 遠田は一口づつを惜しむようにゆっくり食べて、料理の魅力を残らず舌で感じようとしているかのようだった。
 タイミングよく次の料理、次の料理と運ばれてきた。どれも感動を与えてくれる一品だった。遠田の感動が徐々に増していくのがわかった。
 「こんなおいしい店に内田さんはよく来るんですか?」
 「まぁたまにね。そんなしょっちゅうじゃないよ。ここは毎月旬の食材を使うけん、大幅にメニューがかわるんよ。だけん、季節ごとに来るかな。春夏秋冬。いつ来てもおいしいよ」
 「いいなぁ。私ここまた来たいです。でも一人じゃなぁ・・・方向音痴だし」
 「車運転できるやろうもん。有料道路下りて左に曲がるだけやん。大丈夫よ」
 「・・・」
 彼女は箸をくわえたままじっと俺の顔を見ていた。
 「なに?」
 「・・・」
 「・・・わかったよ。次も連れて来てやるよ」
 「やった!」
 どうも毎回うまいことやられてるような気がした。
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