えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第24回

せせらぎの横を通る散策道は上へ上へと続いていた。登っていくのは結構大変だった。時々足を止めて深呼吸をすると、何かの花の匂いをかすかに感じた。。
今度は遠田が先に歩いた。元気に俺の前を登っていった。
「内田さん、貸していただいた横光利一、もうだいぶ読んでしまいましたよ」
「お、早いね。どうやった?」
「もう最高です。あの文章がいいですよね。なんかすごい繊細な感覚で」
「そうやろ?新感覚派やけんね。そう思って当然よ」
「ほんと、横光利一にはまるかもしれません」
「どれがよかった?」
「なんかしみじみじーんときたのは、『春は馬車に乗って』ですね。春は馬車に乗ってくる花売りの花でわかるなんて、素敵な発想ですよね」
時々遠田は振り返ると俺の同意を求める。
「うん。あれは文学的だよね」
「ストーリーは悲しいですけどね。主人公は奥さんが亡くなって・・・」
ここで遠田は自分の失敗に気付いたのか、後に続くセリフを忘れた下手な役者のように黙り込んでしまった。
「あれは実話をもとにしてるっちゅう話よ」
俺は彼女がかわいそうになって助け舟を出した。
「他には?どれがよかった?」
彼女は明るさを取り戻した。
「あとはですね、やっぱり『上海』ですかね?あれは傑作ですよね。それと『日輪』も好きです。どっちもなんか迫力ありますよね?」
「ああいうドラマ性の高いのも書けるってすごいよね。情緒的、文学的なものだけじゃなくてね」
「あんなすごい作家、なんで今まで読まなかったんだろう?私本好きなのに」
「しょうがないよ。だって売ってないもん、普通の本屋には。俺もあれは古本屋で見つけたんよ」
「どこの古本屋ですか?どこでもあるわけじゃないでしょ?」
「俺のよく行くのは香椎にある『あい書林』やけどね。あそこは文学作品が多いんよ」
「次に行く時誘って下さい」
「・・・いいよ」
「ほんとに?内田さんが私にする返事っていつも頼りないですよね?どうでもいいって思ってるでしょ?」
「そんなことないよ。今日もちゃんと遠田を喜ばそうといろいろ計画練ってきたんやけん。どうでもいいとか思ってないよ」
すねるような表情をしていた彼女はちょっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「どんな計画ですか?」
「お昼においしいもの食べさせてやるよ」
「どこでですか?なにをですか?」
「ここから同じ道をインターに戻る途中に『浮嶽茶寮』っていう和食のお店があるとよ。俺たまに行くんやけど、そこに連れてってやるけん。そこめっちゃおいしいよ」
「やったー!」
さっきまでのすねた表情が嘘のように明るくなって、彼女は元気にまた道を登り始めた。
川は上に行くほど小さく狭くなった。せせらぎで遊ぶ親子連れが二、三組いた。途中から上の道路に戻る道があったのでそこを登ると車を止めた駐車場のかなり上のほうに出た。そこからはアスファルトの道をぶらぶらと下りて入った。車は通らなかった。下から届く川の音しか聞こえなかった。遠田の後姿は笑っていた。

なんだか少し楽しいと俺は感じた。
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