えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第23回

 七山村は川が流れる谷底の部分に家が密集していた。そこを過ぎて、下りてきた山と向かいあう山を少し登ると観音の滝があった。滝のまわりは散策道も整備され、大きな駐車場もありしっかりと観光地化されていた。
 駐車場に車を止めて、すぐ近くにある橋の上に彼女を連れて行った。そこからなら遠景に観音の滝が見えた。
 「結構、大きいんですね」
 「滝自体はそうでもないんやけど、この谷自体が迫力あるけん、なんかすごそうに見えるんよ。近くで見たら小さいよ」
 「どこから下りるんですか?」
 「すぐそこ。階段があるよ」
枝葉が生い茂って木漏れ日と葉風が心地いい道は、並んで歩くには狭かった。遠田は俺のすぐ後ろからついて来た。
「葉っぱで滑りそう・・・」
「転ぶなよ」
「私が転んだら内田さんも転びますよ」
「少し離れて歩いてよ」
「いやです」
彼女の楽しそうな声は葉陰から晴れた秋空へ抜けていくようだった。
「あ、見えた」
下り終わったところから滝の正面が見えた。
「空気がひんやりしてますね。涼しいですね」
周りの樹木の葉は水しぶきに濡れて光っていた。あきらかに上とは温度が違った。
「写真撮りたい・・・」
遠田は散策道からはずれて、岩をつたって滝の前に出ようとした。
「滑るなよ」
「大丈夫です」
「滑ったら、下流に流されていくよ」
不安定な姿勢でおそるおそる足場を探す彼女は俺のほうは見ないで、「私流されたらどうします?」と言った。
「流されたら?・・・先に帰る」
「ひどい!助けてくれないんですか?」
彼女の声は笑っていた。
「なんで助けてくれないんですか?」
「面倒くさいし」
そこで彼女は動きを止めてふくれっつらでこっちを見た。
「内田さんってなんでそう、私にドライなんですか?」
「俺、ドライかな?」
「ドライですよ」
「ドライなら一緒に七山村まで来んやろうもん」
「いいえ、ドライです」
顔をしかめる無邪気な彼女の表情は滝の近くにいたせいか、心和ませるものを感じさせてくれた。
「わかった。じゃぁどう言えばいいと?」
彼女は大きな岩を見つけるとそこに座って靴と靴下を脱ぎながら言った。
「そうですねぇ・・・『流されたら、俺が助けちゃるけん、大丈夫だよ』みたいな、優しさを感じるセリフが欲しいですねぇ」
「言えんよ。そんなくさいセリフ」
「好きな人には言うでしょう?」
「言わん、言わん。好きな人にも言わんよ」
「じゃぁ、ちょっと練習しましょう。何でもいいですから私が嬉しくなるようなこと言ってみて下さい」
「嬉しくなること?」
「そうです」
「・・・例えば?」
「それは自分で考えて下さい」
裸足になった遠田は水に足をつけた。
「つめた~い!気持ちいいですよ。ここからなら真正面に滝が見えますよ。すごーい」
「そうやって無邪気にはしゃぐところはかわいいと思うよ」
「お、言えたじゃないですか」
「そんなんで嬉しいわけ?」
「女の子はですね、些細な言葉で喜んだり落ち込んだりするのです。はい、内田さんも靴下脱いでここに座って下さい。そんなとこに立ってないで」
完全に彼女に主導権を握られつつあるのを感じた。
俺がそこに行くかどうか迷っていたら、彼女は「もう、手伝わないと靴下も脱げないんですか?」と立ち上がってこっちに歩こうとして、「あ!」と声を上げて倒れそうになった。
「大丈夫か!」
俺が思わず大きな声を出したら、彼女はすぐに体勢をもどしてにやっと笑った。
「今、心配しました?しましたよね?」
「・・・馬鹿」
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