えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第18回

 千如寺の二天像が搬出される日の朝、俺と高尾と遠田は必要な機材を準備して車に積み込み、雷山へと向かった。
 千如寺の二天像、持国天立像と多聞天立像は桧の寄木造りで、多聞天の体内から見つかった銘文によると正応四年(一二九一年)に造られたとされていた。鎌倉時代後期の九州の造仏の歴史を研究する上で非常に貴重なものとされていた。
 熊本の美術館で開催される美術展に出展するためにこの二天像は、福岡市博物館での展示以来、五年ぶりに千如寺を留守にすることになった。運送会社の美術品専門スタッフや博物館の学芸員の人が早朝から集まり、北村住職と入念な打ち合わせを済ませた後、搬出作業に入った。俺たちはその作業を横で取材した。下手に手伝うとミスを誘発するので俺たちは一切二天像には触らなかった。ここは高尾の独壇場で、照明に気を使いながらいろんな角度から撮影していた。
「そっち持っとかんか!」「ゆっくり動かせ!ゆっくり!」運送会社のスタッフの怒号が飛び交い、堂内は緊張した空気が張り詰めていた。
俺はその作業の様子を少しメモにとったり、高尾を手伝って照明を調節するくらいで他にあまりすることがなかった。それは遠田も同じで、彼女はじっと作業を見つめていた。
 重傷のけが人のように全身を包帯でぐるぐる巻きにされた像をスタッフ四人で特製の担架に乗せた。そしてゆっくりと観音堂の外へと運び出した。無事にトラックに載せ終わるまで実に半日かかる作業だった。まだそれから会場へ運んで今度は設置作業が待っているが、とりあえずここで一息という安心感がスタッフの表情に見られた。
 「なんとか、搬出までは無事終わりました。ちょっと安心しました」
 トラックを見送った後、観音堂に戻って来た北村住職は額の汗をぬぐいながら言った。
 「一山越えた感じですね。会場での設置がまた一苦労ですね」
 ただ見ているしかできなかった負い目を感じつつ、住職の心労をねぎらう意味で俺が言うと住職は大きなため息をして、
 「そうですね。会場での設置には私は立ち会えないんで、後は任せるしかないですね。」
 と言った。
 「毎度のことですけど、うちにある仏像を何かに出展するために搬出する時は、小さい子どもを一人旅に出すみたいで、心配ですね。だから無事に帰って来た時には本当にほっとします」
 「そうでしょうね・・・」
 相槌を打つ俺の表情から少し明るさが引いたのを住職に気付かれなかったろうかと少し焦った。大事なものが自分のもとから離れて、そして無事に帰って来る。ただそれだけのことがなんと幸せなことか・・・。
 遠田は高尾を手伝って照明器具を片付けていた。俺は高尾に聞いてみた。
 「いいの撮れた?」
 「まぁ大丈夫やろう。今見た感じではよかったみたいや」
 撮影はデジタルカメラを使うので撮ったその場で出来がわかる。俺は「ちょっと見せて」とカメラを高尾に借りてモニターを見てみた。いい感じに撮れていた。
 「いいやん。バッチリや」
 「しかしここは光がとりにくいけん、苦労した」
 「照明強いの持って来て正解やったやん」
 「そうやね」
 俺たちが話している横を間須さんが通り過ぎようとして、照明のコードに足をひっかけて転ぶフリをした。
 「またそんな転ぶふりとかして」
 俺がからかうと間須さんは大げさに、「あぁびっくりした。転んで大怪我するところでした」と言った。
 「そんなんで転んで誰も大怪我なんかしませんよ」
 「どうも内田さんの近くに来るとろくなことがない・・・」
 横で遠田が笑っていた。
 「あれ?」
 ふと、高尾が耳をすませるようなしぐさをした。
 「どうしました?」
 間須さんも動きを止めて耳をすませた。
 「今、下のほうで住職の声がしましたよ。間須くーんって叫んでましたよ」
 「ほんとに?」
 間須さんは慌てて戻っていったが、その時によく磨かれた観音堂の縁側で滑って、本当に転びそうになったので、それを見て俺たち三人は笑い転げた。
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