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月曜日の朝七時に誰もいないオフィスに着いて、一人で記事を書き始めた。やはり朝は頭がさえているので集中できた。しばらくは誰も来ないだろうと思っていたら、三十分ほどして表のドアが開く音がした。誰かと思えば遠田だった。
「あれ?おはようございます。早いですね」
遠田は小脇に本を抱えていた。まだ眠そうな顔をしている彼女はどこかあどけなかった。
「遠田こそ早いたい。どうしたと?」
「私最近この時間ですよ」
「そうなん?なんで?」
「勉強してるんです。えらいでしょ?」
「なんの勉強?」
「千如寺の仕事に入ってからずっと仏教芸術のこととか、いろいろ調べてるんです。個人的にも興味があるし」
今時ちょっと見ない真面目なやつだなと思った。意外に頼もしいかもしれない。
「すごいやん。仏教芸術に見せられてしまったか」
「はい。だから千如寺の二天像が出展される熊本の美術展がすごい楽しみで・・・」
そこで彼女の表情は急に俺の反応をうかがうように謙虚になった。
「あの・・・私も取材行けるんですよね?」
「もちろん。来てもらわにゃ困るよ」
「よかった!がんばりまーす!」
爽やかな声を残して彼女がロッカールームに入りそうになった時、俺は彼女に本を持って来たことを思い出して呼び止めた。
「あ、遠田、本持って来たよ」
「え?何の本ですか?」
「横光利一。前に読みたいって言いよったやろ?」
「覚えててくれたんですか?やったー!」
「手っ取り早いけん、全集を持って来た。これなら代表作があらかた入ってるし。横光利一の魅力は十分堪能できると思うよ」
彼女は俺が思ったよりも嬉しそうな表情で近づいて来て本を受け取った。そして胸にしっかりと抱いて、「大事に読みます」と言った眼は少し感動すら帯びていた。なにもそこまでとは思ったが、喜んでもらえて俺も嬉しかった。
「ちょっと着替えてきます。何か手伝うことあったら言って下さいね」
「うん。ありがとう」
朝日が差す静かなオフィスを歩く彼女の足取りは軽かった。
俺はまた書きかけの記事に目を戻したが、次に何を書こうとしていたか忘れてしまった。指先でペンをまわしながら考えても思い出せない。思い出そうとしても頭の中になにかがあって邪魔をする。なんだろう?いや、実は自分でもわかっていた。邪魔をしているのは、本を受け取った時の遠田の表情だった。あの無邪気な、嬉しそうな、感動も帯びた表情が妙に心に焼きついて残った。それが俺の思考を邪魔していた。
ロッカールームから戻ってきた彼女は、俺の机の向い側に座った。
「土曜日ですね、高尾さんと雄屋行ったんですよ。おいしかったー!」
「あの店おいしいやろ?俺もあそこばっかり」
「何でもおいしいですよね?」
「かき揚げ食べた?」
「食べました!おいしかったー!」
「何飲んだと?」
「日本酒です。高尾さんが日本酒がうまいって言われたんで」
「日本酒いいのばっかり置いとったろ?」
「はい。二種類飲みました。どっちもおいしかったです」
「だいぶ飲んだっちゃない?」
「飲みました。でも次の日はすっきりでしたよ。悪酔いしませんでした。お酒がいいからですかね?」
「そうよ。日本酒もワインも焼酎もいいのは悪酔いせんよ」
「昨日は何も予定なかったんで、悪酔いしても別によかったんですけど。内田さんは昨日何してたんですか?何か用事あったんでしょ?ドライブできない用事が」
彼女はちょっとすねたような表情で上目使いに俺を見た。
「用事っていうか、いろいろ雑用がね。一人やけん休みの日は主婦にならないけんと。忙しいとよ」
彼女の表情からさっと暖かいものが消えていくのがわかった。そして悪いことを聞いてしまったという暗い影がさした。そして一言「そっか・・・」と小さな声でつぶやいた。
「あれ?おはようございます。早いですね」
遠田は小脇に本を抱えていた。まだ眠そうな顔をしている彼女はどこかあどけなかった。
「遠田こそ早いたい。どうしたと?」
「私最近この時間ですよ」
「そうなん?なんで?」
「勉強してるんです。えらいでしょ?」
「なんの勉強?」
「千如寺の仕事に入ってからずっと仏教芸術のこととか、いろいろ調べてるんです。個人的にも興味があるし」
今時ちょっと見ない真面目なやつだなと思った。意外に頼もしいかもしれない。
「すごいやん。仏教芸術に見せられてしまったか」
「はい。だから千如寺の二天像が出展される熊本の美術展がすごい楽しみで・・・」
そこで彼女の表情は急に俺の反応をうかがうように謙虚になった。
「あの・・・私も取材行けるんですよね?」
「もちろん。来てもらわにゃ困るよ」
「よかった!がんばりまーす!」
爽やかな声を残して彼女がロッカールームに入りそうになった時、俺は彼女に本を持って来たことを思い出して呼び止めた。
「あ、遠田、本持って来たよ」
「え?何の本ですか?」
「横光利一。前に読みたいって言いよったやろ?」
「覚えててくれたんですか?やったー!」
「手っ取り早いけん、全集を持って来た。これなら代表作があらかた入ってるし。横光利一の魅力は十分堪能できると思うよ」
彼女は俺が思ったよりも嬉しそうな表情で近づいて来て本を受け取った。そして胸にしっかりと抱いて、「大事に読みます」と言った眼は少し感動すら帯びていた。なにもそこまでとは思ったが、喜んでもらえて俺も嬉しかった。
「ちょっと着替えてきます。何か手伝うことあったら言って下さいね」
「うん。ありがとう」
朝日が差す静かなオフィスを歩く彼女の足取りは軽かった。
俺はまた書きかけの記事に目を戻したが、次に何を書こうとしていたか忘れてしまった。指先でペンをまわしながら考えても思い出せない。思い出そうとしても頭の中になにかがあって邪魔をする。なんだろう?いや、実は自分でもわかっていた。邪魔をしているのは、本を受け取った時の遠田の表情だった。あの無邪気な、嬉しそうな、感動も帯びた表情が妙に心に焼きついて残った。それが俺の思考を邪魔していた。
ロッカールームから戻ってきた彼女は、俺の机の向い側に座った。
「土曜日ですね、高尾さんと雄屋行ったんですよ。おいしかったー!」
「あの店おいしいやろ?俺もあそこばっかり」
「何でもおいしいですよね?」
「かき揚げ食べた?」
「食べました!おいしかったー!」
「何飲んだと?」
「日本酒です。高尾さんが日本酒がうまいって言われたんで」
「日本酒いいのばっかり置いとったろ?」
「はい。二種類飲みました。どっちもおいしかったです」
「だいぶ飲んだっちゃない?」
「飲みました。でも次の日はすっきりでしたよ。悪酔いしませんでした。お酒がいいからですかね?」
「そうよ。日本酒もワインも焼酎もいいのは悪酔いせんよ」
「昨日は何も予定なかったんで、悪酔いしても別によかったんですけど。内田さんは昨日何してたんですか?何か用事あったんでしょ?ドライブできない用事が」
彼女はちょっとすねたような表情で上目使いに俺を見た。
「用事っていうか、いろいろ雑用がね。一人やけん休みの日は主婦にならないけんと。忙しいとよ」
彼女の表情からさっと暖かいものが消えていくのがわかった。そして悪いことを聞いてしまったという暗い影がさした。そして一言「そっか・・・」と小さな声でつぶやいた。
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