えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第13回

 雷山を下りた俺たちは昼食をとった後、百道の図書館に寄った。午後はここでたっぷり調べ物をする予定だった。この図書館はいつも利用者が多かったが、その日の混雑はそれほどでもなかった。俺は二階の机を一箇所確保して、本を探し始めた。
 遠田がなかなか二階に上がって来ないので不思議に思ったが、どうも一階で知人に会ったみたいで話し込んでいた。
 俺は図書館の雰囲気というのが昔から好きだった。静かなので人が周りにいても自分だけの世界に入ることができる。ここで調べ物に没頭している間は俺の精神状態も安定していた。自分が重荷を背負って生きていることをほんのしばらくだが忘れることができた。どういう形にしろ自分をごまかす環境が俺には必要だった。図書館以外にも見つけないといけないと思った。
 しばらくして遠田が二階に上がって来た。
 「すいません。前の会社の同僚に会って・・・」
 「その人もキャビン・アテンダント?」
 「そうです」
 彼女の声が少し暗かった。
 「どうした?あんまり気の合う同僚じゃなかった?」
 「いいえ、同期入社で仲が良かった子です」
 俺は今までずっとお互いの世界に入りこまないようにガラス戸越に彼女と話していたが、その時初めて彼女のことが心配になり、自らガラス戸を開けた。
 「前から気になってたんやけど、前の会社辞める時になんかあったと?」
 彼女は俺の横に座って悲しく笑った。
 「はい・・・ちょっとショックなことがあって・・・いづれお話します」
 何か事件があってまだ気持ちの整理がついてないのだろうと思った。退職の本当の理由もきっとそれに違いない。俺は彼女の心境を考えて、しばらくは追及しないことにした。
 「大丈夫?気分悪いなら先に帰っていいよ。午後も一緒に仕事したって会社には報告しとくけん」
 「いえ、大丈夫です」
 「そう?じゃぁ仏教行事に関する本でいいのがないか探して来て」
 「はい」
 本を探しに行く彼女の後姿はどこか寂しげだった。
 誰しも多少なりとも何かを背負って生きているはずだ。この図書館にいる人の中にも過去を背負って生きている人がいるはずだ。あの窓辺に座っている人はどうだろう?廊下を歩いている人は?外のベンチでくつろいでいる人は?みんな何かしら背負うのだ。長く生きるほどたくさん背負うのだ。死ぬまでおろせないのだ。結局はそういうことだろうな。俺の苦しみも他の人から見れば、八月に一つ大きなものを背負ったというだけにすぎないのだ。海辺の砂の数ほどある世の中の悲しみの中のほんの一粒に過ぎないのだ。 みんなすごい。乗り越えて生きている。乗り越えられずに自殺する人もいるけど、ほとんどの人は乗り越えているわけだから、俺にも乗り越えられないわけはないのだ。強く生きないといけない・・・俺の頭の中でそんな思考が走った。
 あの事故で肉親を失った人たちは今頃どうしているだろうか?遺族の会に連絡すれば誰かと連絡とることはできるだろう。でも俺はあの会との接触をずっと避けてきたので、今更連絡するのも気が引けた。
 「内田さん?」
 すぐ横に遠田が戻って来たのを俺は気付かなかった。
 「ん?」
 「どうしたんですか?なんかすごいくらーい顔してましたよ。内田さんこそ大丈夫ですか?」
 「うん。ちょっとぼーっとしとった。本あった?」
 「これはどうですか?」
 彼女は抱えていた数冊の本を机の上に置いた。
 「いいねぇ。よしよし。それじゃ『御経会』について書いてあるところ見つけてノートにうつして。由来とか歴史とかね」
 「おきょうえ?」
 「そう。御経の会って書いておきょうえ。五月にある行事やけどね。御経を開いてぱらぱらっとめくるんよ」
 「へー。そういうのがあるんですか」
 「五月になったら千如寺で見れるよ。俺も何回か見に行ったけど、その行事の意味とか由来とかは全然知らんのよ。ちょっと調べてみて」
 「わかりました」
 誰かと仕事の話をしている時は悲しみも襲ってこなかった。だがそれは打てない投手の球をファールで逃げるのと同じかもしれないと思った。
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