えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第11回

 「いやぁだいぶ涼しくなってきたんでほっとしてますよ。街のほうはどうですか?」
 心字庭園が見える座敷でいつものように快活な表情の北村住職が言った。
 「日中はまだ暑いですけど、朝晩は過ごしやすくなりましたね」
 「今年はなんか特別暑かったでしょう?八月とかすごかったですよね」
 「はい・・・」
 「えっと、じゃぁ早速始めましょうか」
 うっかり八月に触れてしまったことを誤魔化すためか、住職は仕事のほうに話を切り替えた。暑い八月。事故のあった八月も暑くて苦しかった。
 一体いつまでみんなにこうして気を使わせるのだろうと俺はちょっと気分が曇った。俺が元通り元気になれば済む話でもないだろう。あの事実の記憶が俺も含めみんなの頭の中から薄らいでいくのを待つしかないというのは、治らない傷を眺めているような気分にさせた。
 「千如寺さんについてですね、『歴史』『文化財』『自然』『行事』『まとめ』という順番で取材を進めていきます。まずは歴史からですね。千如寺の存在を証明する一番古いものはなんですか?」
 「諸説ありますけど、貝原益軒が『筑前国続風土記』に記したところによれば、聖武天皇の勅願によって、清賀上人が寺を建てて霊鷲寺と名づけて、後にそれを千如寺と呼ぶようになったとなっています。そうなると聖武天皇ですから奈良時代に作られたということになります」
 「聖武天皇というと・・・」
 「西暦でいうと七二四年に天皇に即位しています」
 「千二百年以上の歴史はあることになりますね」
 横で聞いている遠田は眼を丸くして驚いていた。俺の耳にかすかに「すごぉい」とつぶやいている遠田の声が聞こえた。
 「ではそこを出発点にして、今に至るまでの歴史を主な出来事でたどっていきましょう。まずおさえておくべきことはなんですか?」
 「ちょっと待って下さいね。以前、寺宝展をした時に作ったカタログにおおよその歴史が書いてありますのでちょっと取ってきますね」
 そう言うと北村住職は席を立った。俺はお茶を飲んで一息つくと、横に座っている遠田を見て「すごかろ?」と言った。
 「千二百年ですか・・・なんか想像もつかない長さですね・・・」
 「それだけの時代を見てきたわけやから、いろんな事件をこのお寺は体験したんよ。全部辿るのは大変やけん、主な出来事だけ拾って記述していこう」
 住職が黒い表紙のカタログを持って戻って来た。
 「お待たせしました。ここの部分から記述があります。博物館の学芸員の方が書いて下さった文章です」
 「主な出来事だけ拾うとすれば、何がありますか?」
 俺が質問すると住職はページを繰りながら「そうですねぇ」と数えている様子だった。
 「まずは鎌倉時代の元寇ですかね。鎌倉幕府の意向で祈祷をしたという記録があります。
それから豊臣秀吉の朝鮮出兵、明治維新の際の神仏分離・廃仏毀釈・・・その間の細かい出来事を入れるときりがないですね」
 「千二百年ですからね」
 遠田はけなげに横でメモをとっていた。住職と俺の会話を聞き漏らすまいと一生懸命だった。
 「このカタログの記述をベースにして、私が図書館で調べて簡単な年表を作ってみます。それを次回お持ちしますのでチェックして頂けますか?」
 「いいですよ。そのほうが早いですね。このカタログは差し上げます。たくさん余っていますから」
 「ありがとうございます。助かります」
 そのカタログには雷山千如寺に伝わる寺宝の数々が写真とともに詳細に解説してあり、巻末に歴史について記述があった。
 遠田はそのカタログを開くと熱心に見入っていた。美しい仏教芸術は彼女を魅了したようだった。異様な真剣さだった。
 「あの、ここに掲載してある寺宝は全てここで見れますか?」
 遠田が質問すると住職ははにかみながら答えた。
 「いえいえ、全部はありません。やはり厳重に保管する必要があるものは博物館にお願いしています。湿気や盗難から守るのもなかなか大変です。でも仏像は全部見られますよ。書状類はあまりここには置いていません」
 「あの、後でまた観音堂に上がってもいいですか?」
 「どうぞどうぞ、いつでもご自由にご覧下さい」
 「ありがとうございます」
 俺が、「打ち合わせ終わったら上がろうか」と誘うとはじけそうな笑顔でうなずく遠田だった。俺はその表情がちょっとかわいく感じてしまった。
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