えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第10回

 翌日、俺は遠田をセリカの助手席に乗せて雷山千如寺に向かった。窓を半分開けて走ると風が心地よかった。どこからくるのか、かすかに金木犀の香りを感じた。
遠田は前回千如寺を訪問した時よりも心なしかはしゃいでいた。
 「わー、今日はセリカで行くんですね」
「うん。帰りに図書館寄って、それから直帰したいけん」
「なんか遊びに行くみたい。そうそう、内田さんドライブの約束覚えてますよね?まさか忘れてませんよね?」
 「ん?うん。覚えとるよ」
 俺は言われて思い出した。
 「スケジュール調べてメールするって言ってメールくれないし」
 「あ、いやいや、まだ予定がはっきりせんけん・・・」
 「いつはっきりするんですか?」
 「それもまだわからん」
 「私今度の日曜空いてますから。一応言っておきますね」
 「うん・・・」
 うやむやにできそうにない雰囲気だった。何事もはっきりさせたいタイプかもしれないと思った。俺はそういうやつは苦手だった。
 「本屋でいい本見つかった?」
 俺は話題を変えた。
 「あったんですけど、高くて。今日図書館にも行くんでしょ?その時に探して借ります」
 「遠田は西新やから図書館近くていいね」
 「そんなに近くはないんですけど、自転車で行けばすぐの距離です」
 「図書館よく行くと?」
 「行きます。私結構本読むの好きなんです」
 「へー。何読むと?」
 「純文学が好きです。明治から昭和初期くらいまでの」
 「ほぉ。しぶいね。例えば誰?」
 「堀辰雄とか」
「風立ちぬ・・・か」
 「いざ生きめやも」
 「文学少女なん?」
 「かつては。今は文学OLです」
 こいつは話せるかもしれないと思った。俺は学生の頃から文学きちがいだった?
 「内田さんは文学小説嫌いですか?」
 「俺は三度の飯より文学小説が好きなんよ」
 「え?そうなんですか?」
 満面の笑顔だった。同類を見つけた時の喜びの表情にあふれていた。
 「誰が好きですか?」
 「横光利一とか、国木田独歩とか」
 「国木田独歩は知ってますけど、よこみつ・・・って何書いた人ですか?」
 「横光利一は『蝿』とか『日輪』とか『上海』とか『春は馬車に乗って』とか・・・知らん?」
 「知りません。有名な人なんですか?私もたいがいいろんな人読みましたけど・・・」
 「横光利一は新感覚派の旗手で川端康成が自分よりもすごいと認めた人よ」
 「へー、そんなすごい人知らんとかダメですね」
 「いやいや、無理ないよ。戦争中に国粋主義的な言動や活動が災いしてね、戦後に文壇の戦犯て言われて出版社からも締め出しをくらったんよ。天才作家なのに晩年は不遇の時を過ごして死ぬんよ。まぁそんなこんなで静かに忘れられていったんよ。でも最近また再評価されよるみたいやけどね」
 なんかすごい真剣な眼で俺を見ていた。かなり食いついた様子だった。
 「なんかすごくその人の作品読みたくなりました」
 「普通の本屋にはあんまり置いてないよ。古本屋とかで探したほうがいいよ」
 「内田さん家に持ってます?」
 「あるよ」
 「貸して下さい」
 人に本を貸すのはあまり好きじゃなかった。何回か返ってこなかったことがあったから。
 「すぐ返しますから」
 「いいよ。今度持って来るよ」
 うまく断れず、場の雰囲気に流されてしまった。
 セリカは都市高速から有料道路を経て前原に下りた。そこから田舎道を五分ほど走ると雷山へのなだらかな坂が見えてきた。まわりののどかな風景にはたよりなく飛び交う赤とんぼが似合っていた。セリカは一気に坂を登った。
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