えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第9回

 千秋はいつも寝る時に豚のぬいぐるみを抱いていた。子どもみたいに思われるかもしれないがこれには二人の思い出があった。二人で行った韓国旅行。南大門市場で偶然見つけたそのぬいぐるみが千秋に連れて行ってくれと語りかけたらしかった。ちょうどいい旅の思い出になるから買って来た。もっとも抱えて帰ってくるのはちょっと恥ずかしかったけど。それ以来、いつもベッドの上にぬいぐるみが座っていた。彼女が寝ていたベッドの左半分の枕のところで彼女が帰って来るのをじっと待っていた。
 夜に一人になるのはとても耐えられなかった。だからと言って他の誰かがいてくれれば解決するという問題でもなかった。この寂寞の恐ろしさ・・・。頭がおかしくなりそうだった。夜の到来も朝同様に怖かった。
 家中をなるべく明るくする。全部の部屋の電気をつけて、音楽を流す。彼女があまり聞かなかったCDを選ぶ。見ないけどテレビもつける。気が紛れるものを探す・・・泣きながら寝るのには飽き飽きしていた。
 仕事のことばかり考えるようにした。明日の予定・・・千如寺の北村住職のインタビュー。その後は百道の図書館に寄って調べ物。高尾は別の仕事で留守だから遠田と二人。そうなるとまたいろいろ聞かれるだろう。千秋のことだけは勘弁して欲しかった。
 それにしても遠田はなんでキャビン・アテンダントを辞めたのだろう?ライターになりたいと言っていた彼女の表情は明らかに「ここは適当に答えておこう」という感じだった。他人のそういうしぐさや表情がよくわかるようになった。人間は傷ついて敏感になっていくのだろうか?何か彼女も訳ありなのかも知れないという疑惑が一瞬かすめた。
 俺は早く眠りにつくために読みかけていた本を探した。鈴木三重吉の「桑の実」。どこに置いたのか、すぐには見つからなかった。あちこち探しているところに携帯電話が鳴った。
 「もしもし」
 「あ、あの、遠田です」
 「おぉ。お疲れさん。どうした?」
 「明日って千如寺さん行きますよね?」
 「行くよ」
 「何時からでしたっけ?」
 「先方十時の約束やけん、会社を九時過ぎくらいに出るかな」
 「高尾さんは?」
 「高尾は別件が入っとるけん来んよ。明日は打ち合わせだけやけん、別に高尾は来んでもいいし」
 「そうですか。えーと、はい、わかりました・・・」
 「じゃ、明日ね」
 「はい。おやすみなさい」
 高尾が来るかどうか気になるというのは何を意味するのか?電話のことを高尾に話したら喜ぶだろうと思った。俺はすぐに高尾にメールした。
 “今メールしていいか?”
 すぐに返事が来た。
 “いいぞ。なんや?”
 “今、遠田から電話があったぞ”
 “なんて?”
 “明日の千如寺の取材にお前が来るかどうか聞かれたぞ”
 “マジで?”
 “マジで”
 “それってどうなんかな?”
 “どうなんやろう?お前のことが気になるんやないか?”
 “そうなんかいな?あの子マジかわいくない?”
 “かわいいね。お前のタイプやろ?”
 “ストライクゾーンど真ん中”
 “飲みに誘ったりしたか?”
 “まだしてない。チャンスかな?”
 “週末誘ってみぃ。”
 “了解!うっしゃー!やるばい!”
 “がんばれ!”
 “お前も来るか?”
 “なんで俺がよ!二人だけで行ってこんか”
 “なんか緊張するな”
 “チャンスの神様は・・・?”
 “前髪しかないやろ?”
 “そうそう”
 俺は高尾の健闘を祈った。
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