えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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千の灯火(ともしび) 第8回

 「あのぉ、私も買いたい本あるんですけど経費で落ちますかね?」
 「仕事で使う本なら落ちるよ」
 「やった。じゃ、買おう」
 「何買うの?」
 「仏教の行事について知っておきたいんで」
 「おぉ、いい心がけやね。千如寺でも『御経会』とか『千日観音祭』とかあるけん、そういうのあらかじめ意味を調べとくといいかもね」
 「はい。でも内田さんに教わったほうが早いかな」
 「まずは自分で調べる。それでわからないことがあったら俺に聞く」
 「はい」
 瀬戸山課長から遠田の教育も任されているけど、ちょっと気が重かった。でも高尾が何かと世話を焼いてくれているみたいだから教育も手伝って貰うことにした。あいつは遠田のことを気に入ったみたいで、喜んで引き受けてくれた。
 彼女は俺と二人になってもプライベートなことには一切触れてこなかった。やはり瀬戸山課長に事情を聞いたのだろう。彼女もそれなりに気を使ってくれているのかもしれないと思った。
 彼女はなぜキャビン・アテンダントを辞めたのだろう?聞いてみたい気もしたがそうなると俺の個人的なことも話す羽目になるかもしれないからやめておいた。
 俺は話しかけられないと話さない男に思われているだろうとは推測できた。
 「内田さんて無口ですよね」
 彼女のセリフでそれが確認できた。
 「そう?」
 「高尾さんはよく話すのに。二人は対照的で面白いですね」
 「俺も学生の頃とかはよくはしゃいだよ。年取って落ち着いてしまっただけよ」
 「まだ思い切り笑ってる内田さんは見たことないです」
 思い切り笑えるように早くなりたいのはやまやまだが。まだ時間かかりそうだった。いや、時間がかかってもいいからそうなれればいいとしみじみ思った。
 千秋と一緒にいた頃は確かに思い切り笑っていた。心の底から人生を楽しんでいた。彼女の存在は俺にとって絶対の安心感であったのかもしれない。母親と一緒にいる子どものように、何も心配しないでただ現実を楽しんでいられた。人間にとって精神的支柱を失うということは安心感を失うことと同じなのかもしれない。俺が毎日感じるのは悲しさや寂しさだけではないような気がした。不安?絶望?何かに怯えるような気持ちも混じっていることは確かだった。家で一人でいる時にそれを感じた。
 「どうしたんですか?黙っちゃって」
 「ん?いや、別に。じゃぁ遠田がなんか思い切り笑えるようなネタをくれよ。もう高尾のネタじゃ笑えんけん」
 「わかりました。なんかネタ探しときます」
 彼女は微笑んだ。運転しながらちらっと見たその笑顔は無邪気だった。
 「千如寺は、まず何から始めます?」
 「何からって?」
 仕事の話になったので俺は安心した。
 「歴史とか、文化財とか・・・」
 「うん。まずは歴史からいこうかね。北村住職にお借りした資料であらかたの歴史は把握できるけど、『元寇』とか『朝鮮出兵』とか『廃仏毀釈』とか、千如寺が関係した歴史的事件について詳しく書いてある資料もいるね」
 「インターネットで調べたらだめなんですか?」
 「いいよ。でもネットの情報はたまに信用できない時があるけん、確認のためにはやっぱり書籍が必要なんよ」
 「そうなんですか」
 「ウェブ上の情報って誰でもすぐに掲載できるやろ?あまりに手軽すぎるけんよく調べないで載せてる場合もあるんよね。その点、出版するということになると手間も時間もお金もかかるからみんな結構慎重になるんよね。情報もきちんと調べてから書くし」
 「そういう意味ではインターネットの情報ってまだまだなんですね」
 「過渡期にあるね。完全に信用を置くにはまだ早いよ」
 車は博多駅に着いて、俺たちは本屋に入った。
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