えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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伝言

 一体そこが誰の家で、何の目的で私がそこにいたのかはわからない。玄関を入ると左手に15メートルほどの廊下が見えた。木の床で天井が低く、暗い日本家屋の廊下だった。両側には部屋がいくつかあった。つきあたりにはガラスの掃きだし窓があったが、外の景色は見えなかった。
 ふと、その廊下の右側の部屋から人が出てきた。そして左側の別の部屋に入って行った。私は瞬間にそれが祖父だとわかった。私の祖父は父方も母方も数年前に亡くなっている。今通ったのは母方の祖父だった。私はそこが人の家であるにも関わらず勝手に靴を脱いで上がった。そして祖父の後を追って、左側の祖父が入って行った部屋に入った。するとそこには父方の祖父もいて、二人で楽しそうに話していた。二人の祖父は生前、あまり交流がなかった。今はその垣根もとれて仲良くしているのだなと私は嬉しくなった。二人が自分の目の前で話しているのに、私は二人がもうこの世の人でないことをしっかり認識していた。不思議な感覚だった。死後の世界にいるのかなと思ったが、自分が死んだという感覚はなかった。一時的に迷いこんだだけで、すぐに戻れるという安心感はあった。
 私は母方の祖父に尋ねた。
「お母さんになんか伝言はないね?伝えとくよ」
 そして父方の祖父にも父に伝言はないかと聞いた。だが二人とも生きている人ができないような温かく、優しい笑顔を見せて、一言も言わなかった。そんなものは必要ないのだよ、と言われたような気がした。私の目からはとめどもなく涙があふれてきた。私はそれを流れるにまかせた。

 涙が頬を伝う冷たさで目が覚めた。その日はずっと夕べの夢のことが頭から離れなかった。なぜ祖父たちは何も語らずにただ微笑んでいたのだろうか?その疑問が私の頭の中で絶えず繰り返された。
 祖父たちに生前交流がなかったのは、父方の祖父が母の嫁入りを喜ばなかったからで、母はいつも冷たく扱われていた。私が物心つく頃には父方の祖父は家を出ていたので、私の記憶の中にははっきりと母が苦しんでいる姿を見た記憶はないが、たまに祖父が姿を現した時に、母に一度も目を合わせないことで、私は幼いながらも冷たい空気を感じていた。兄は母に冷たい祖父を憎んでいた。
 そんな祖父が脳梗塞で倒れ、意識のない状態が数週間続いた時には、家族や父の会社の人が交代で看病した。ある日、母と姉が看病の当番の時に母は祖父の手を握り、聞こえるはずのない祖父の耳元でささやいた。
「わたしはもう何も気にしとらんけん、安心してください。なんも心配せんでいいとですよ」
 すると、不思議なことに祖父の閉じた目から大粒の涙が一つ流れた。それを見た母と姉は祖父の枕元で泣いた。

 私は夢の内容を母に電話で話した。母は、
「そうね・・・」
と一言だけ静かに言った。実際母はどう感じたのだろう?祖父たちが何も言わなかったのを寂しく感じたのだろうか?私は母に重ねて問うことができなかった。ひょっとすると母には何かが伝わったのかもしれない。その時の私にはわからなかった。

 母を嫁として認めないかのような接し方をした父方の祖父は、必然的に母方の家族と全くの疎遠になった。私は二人の祖父が同席したところを一度も見たことがない。そして両家の間の垣根はついにとりはらわれることはなかった。父方も母方も祖父母はみな亡くなり、今や父と母が孫に囲まれる生活をしている。

 かつて両家の間に流れた悲しい時間を思い返した時、私の中にふと一つの解答が浮かんだ。そうか。何も言う必要はなかったのだ。二人の祖父が同席して、楽しそうに話している姿を私が見たことを伝えれば、それでよかったのだ。現世でのわだかまりは捨てて、今は仲良くやっているということを、祖父たちは伝えたかったに違いない。だからただ静かに微笑んでいただけなのだ。
 私なりに得た結論を母には伝えていない。おそらく母はこの夢の意図するところを既に察していることだろう。
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