えしぇ蔵小説集

福岡ESEグルメのえしぇ蔵の小説集です。それなりにがんばってるつもりです。

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ボストン・クーラー

 会社の先輩に、相談事があるので仕事が終わったら飲みに行こうと誘われた。お店はいつもの「BAR是空」。先輩は遠方の客先をまわるらしく、先に行って飲んでてくれと言われたので、仕事を終えた私は西中洲の「BAR是空」のカウンターに一人で座った。軽いカクテルを頼んで先輩が来るのを待つことにした。
 バーテンダーの川井田さんと世間話をしながらカクテルを楽しんだ。三十分を過ぎても先輩は来ない。よほど遠くまで行ったのだろうか。三杯目のカクテルを頼もうかと迷っているところでドアが開く音がした。先輩かと思って振り向くと長身にタイトスカートがよく似合うOL風の女性だった。大企業の社長秘書でも務めていそうな雰囲気だった。颯爽とした身のこなしで私の二つ隣の席に座り、川井田さんに微笑みで挨拶をすると、ずらりと並ぶ洋酒のビンを眺めながら何を飲むか考えている様子だった。膝下の長い足、細くて白い腕、横顔は照明も手伝ってか、昔の女優のポートレイトのように淡く光っていた。その美しさに見惚れている自分に気付いた私は恥じて目をそらした。
 彼女はまだカクテルを決めかねていたが、ふと私が飲んでいるカクテルのグラスを見て、視線を私にあわせた。
 「それは何を飲んでらっしゃるんですか?」
 私は鼓動が早くなるのを感じたが平静を装うのに必死だった。
 「これですか?ボストンクーラーです」
 「どんな味ですか?」
 「飲みやすいですよ。ちょっと飲んでみます?」
 私は初対面なのに大胆にもグラスを彼女のほうに近づけた。あまりに不躾かなと思ったが彼女は何のためらいもなくグラスを引き寄せ、少し口に含んだ。
 「おいしいですね」
 「いろいろ飲みますけど私はこれが一番好きです」
 彼女は川井田さんを目で呼んで、「私もこれ下さい」と頼んだ。ボストンクーラーができる間、彼女との会話ができることに私は喜びを感じた。何を話そうかと迷っている間に彼女のほうから話しかけてきた。
 「カクテルにお詳しいんですか?」
 「いえ、そんな詳しいというほどではないですが、好きなんでいろいろ調べたりしてある程度は勉強しました」
 「自分でもお作りになるんですか?」
 「家でたまに作ります。でもやっぱり素人技ですからね。川井田さんのようにはいきませんよ」
 「おしゃれなご趣味ですね」
 私は会話が軌道に乗ってきたのが嬉しかった。
 「このお店にはよく来られるんですか?」
 会話がとぎれないように私は必死だった。
 「最近知ったんです。友達に連れて来られて。カクテルがすごくおいしくて気に入ったので時々来てます」
 「そうですか。私は職場が近いので仕事帰りによく来ます」
 ここで彼女のボストンクーラーが出てきた。彼女は優雅な手つきで一口飲んで、私を正視せず斜めに視線を避けて微笑んだ。私はそれを見た瞬間、往年の名女優高峰秀子を思い出した。それほどに美しい一瞬だった。
 「待ち合わせされてるんですか?」
 「ええ。会社の先輩とここで飲む約束なんですがまだ来ないんです。ちょうど退屈してたところでした。あなたは?」
 「私は近くで友達と食事したんですけど、私だけちょっとここでカクテル飲んでから帰ろうと思って」
 「そうですか。カクテル飲んでから帰るなんて、おしゃれなことされますね」
 彼女は優しく微笑んだ。私が話しかけることに迷惑は感じていない様子だったので私は話を続けることにした。
 「仕事から解放されておいしく飲みたいので仕事の話ではなくて、趣味の話をしてもいいですか?」
 「賛成です。そのほうがカクテルもおいしいでしょう。どういったご趣味をお持ちですか?カクテルにお詳しいのはお聞きしましたのでそれ以外では?」
 「カクテル以外では文学ですね」
 「あ、私も本読むの大好きです。洋書が多いですけど」
 彼女が反応してきたので私はここぞとばかりに攻勢をかけた。
 「私は両方読みます。洋書は誰の作品を?」
 「ロアルド・ダールとか・・・」
 「いいですね。『someone like you 』なんてよかったですよね」
 「あなたは?好きな作家は?」
 「私は日本人ですけど横光利一とか、国木田独歩とかですね」
 ここから私と彼女の間で文学論が花開いた。おいしいカクテルを飲みながら趣味の話をこんなきれいな女性とできるなんて夢のようだった。私は先輩がずっと来なければいいと思った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。時計を見るともう彼女と二時間くらい話していた。彼女が時計を見始めたので私も席を立とうかと思ったが、ここで私は一番大事なことを忘れていることに気付いた。
 「あの、お名前うかがってませんでしたね。よかったら教えていただけませんか?これ私の名刺です・・・」
 彼女は私が渡した名刺を見た後、自分の名刺を出そうとしたがそこで彼女の動きがふと止まった。
 「私の名刺、欲しいですか?」
 彼女の表情はいたづらを考え出そうとしている少女のようにあどけなかった。
 「はい。よかったら・・・」
 「じゃぁこうしましょう。私が出す問題に答えることができたら、私の名刺をあげます」
 「クイズですか?いいですよ」
 「ちょっと難しいですよ」
 「どうぞ。クイズ好きですから」
 私と彼女のこういったやりとりをカウンターの向かいで川井田さんは面白そうに眺めていた。
 「ロアルド・ダールをご存知でしたよね?」
 「はい」
 「じゃぁ、『Taste』もご存知でしょ?」
 「もちろんです。あれでロアルド・ダールが好きになりましたから」
 「ワインをあてる話ね」
 「そうです。ブラインドでティステイングしてワインをあてる話です。確か娘さんを嫁に貰うのと、家屋敷を売るのを賭けたんですよね」
 「そう」
 「それで見事にワインをあててしまう。正解は確かシャトー・ブラネイル・デュクリュ1934年でしたよね?」
 「よく覚えてますね。その通りです」
 「で?その作品が何か?」
 「ええ。その作品をヒントにして問題を考えました」
 彼女はおもむろに私のほうに身体を向けて言った。
 「私の好きなカクテルをあてて下さい」
 その言葉を聞いた時、私はどう反応していいかちょっと迷った。これは婉曲な拒絶なのだろうかと。星の数ほどあるカクテルの種類の中から彼女が好きなカクテルなどあてられるはずがない。
 「それは・・・かなり難しい問題ですね・・・」
 「そうです。そう簡単にあげちゃうと面白くないでしょ?」
 無茶な問題だが彼女の表情にどうにも憎めないところがあるので私は何も言えなかった。
 「実は私、今好きな人がいるんです。その人が一番好きなカクテルなんです。それで私も好きになったんです」
 彼女はそう言うと小悪魔的な表情で私の顔を覗き込むようにして言った。
 「『Taste』の主人公はあてましたよ」
 「あれは小説ですから。それにテイスティングしたわけですから少なくともヒントはあったわけです」
 「ええ。ですから私もヒントを差し上げます。そうね。三つあげましょう」
 『Taste』の主人公は味わった後、消去法を使って絞り込んでいく方法で見事にワインをあてた。彼女の三つのヒントで私も同じように絞り込んでいくしかない。だがどこまで絞り込めるだろうか?
 「わかりました。外れてもともとです。トライしましょう。三つヒントを下さい」
 私は覚悟を決めた。どうせあたらないとは思うが近いところまでいけば彼女も同情を示してくれるかもしれない。
 「では一つ目のヒントね。ベースはホワイトラムよ」
 これは大きなヒントだった。ホワイトラムがベースのものなら約二千種類。星の数ほどある中から少なくともそこまでは絞れた。
 「二つ目は?」
 「二つ目のヒント・・・私、レモンが好きなんです」
 レモンを使うということか。なるほど。ホワイトラムがベースでレモンを使うもの。更に絞ることができた。だがそれでも百種類以上はあるだろう。三つ目のヒントが大きな鍵になる。もしいいヒントならもしかすると・・・そういう期待が私の中におこった。
 「では三つ目のヒントをお願いします」
 「三つ目のヒントは・・・ちょっとひねらないと面白くないですね。私、旅行が好きなんです」
 さすがに先の二つのように甘いヒントではなかった。旅行が好き?どういうことだろうか?秘書のようなイメージからすると英語も話せそうな感じだからおそらく海外へ行くのが好きなのではないだろうか?そこまで考えると私にはヒントの意味がわかったような気がした。
 「どうですか?消去法で絞れました?」
 「ええ。絞れましたけど残ったのが一つではないので後は賭けですね」
 「人生には多少の賭けも必要ですよね」
 「確かにそうですね。私も度胸を決めましょう。ここから先は考えてもしょうがない」
 「答えを決めました?」
 「決めました」
 彼女は一瞬間を置いて私を正面から見つめて言った。
 「答えは?」
 「答えは・・・ロングアイランドアイスティー」
 彼女の視線は私から外れて一瞬止まったが、すぐに私を見つめ直して言った。
 「その根拠は?」
 「まずホワイトラムを使うカクテルの数はおよそ二千種類。その中でレモンを使うのがおよそ百種類とみました。ここまではすぐに絞れました」
 「旅行が好きというのはどう捉えました?」
 「旅行が好きで、海外の街をたくさん歩いているということだと解釈しました。つまりカクテルの名前の中に地名が入るのではないかと」
 「なるほど。ではなぜロングアイランドアイスティーなんですか?」
 「他にも地名がついたものはいくつかあります。ブルーハワイやバハマなどです。ですがあなたの洗練された雰囲気がどうもニューヨークという感じがして、それで・・・」
 「ロングアイランドアイスティーに?」
 「そうです。どうですか?あたってます?」
 彼女は思わせぶりにちょっと深呼吸して席を立った。
 「非常に惜しいところではずれでした。でもかなり近いのでまけてあげます。はい、私の名刺」
 「はずれましたか・・・」
 あたるとは思っていなかったがやはり私は少し落胆した。
 「正解はなんですか?」
 私の問いに彼女は、「ふふ」と妖しく笑っただけでドアのほうに向かって歩いて行った。その後姿も映画のワンシーンのようで私は全く間抜けな顔でそれを眺めていた。
 カウンターのほうに向き直ると川井田さんも彼女の後姿を見送っていたのに気付いた。
 「残念。はずれでした」
 「でも名刺を頂いたんですからよかったじゃないですか」
 「ええ。でもヒントがよかったからどうせならあてて驚かしてかっこいいとこ見せたかったですね」
 「あまり考えすぎるからあたらないんですよ」
 「川井田さんでもあのヒントだけじゃ即答は無理でしょ?」
 「いいえ、私ならあの三つのヒントもいりません」
 私は川井田さんの顔をカクテルの酔いもさめるような真剣さで見つめて聞いた。
 「それはどういうことです?では正解をご存知ということですね?」
 「ええ」
 「なんです?正解は?」
 「ボストン・クーラーですよ」
 確かにボストンクーラーもホワイトラムベースでレモンを使う。それにボストンという地名も入っている。だがそれが根拠ならロングアイランドアイスティーでもバハマでもブルーハワイでも同じ条件だ。私は川井田さんの答えが腑に落ちなかった。
 「どうしてそう言い切れるんですか?」
 川井田さんは皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
 「ヒントは四つ出てたんですよ」
 「え?私は聞き漏らしたんですか?」
 「いいえ、確かに聞いておられましたが、それをヒントとは受け取られなかったんです」
 「そのヒントとは?」
 「あの方の好きな人が一番好きなカクテルというのがヒントです。私はそれだけでわかりました。あとの三つのヒントは必要ありません」
 私は未だに全容がつかめない自分にいらいらした。
 「どういうことですか?まだよく意味が・・・」
 そこまで言ったところで私ははっと気付いた。
 「わかりました?彼女はあなたのことが好きなんですよ。あなたが一番好きなカクテルが彼女の一番好きなカクテルということです」
 「でも彼女は今日初めてボストンクーラーを飲んだんですよ?」
 「そうです。だからおそらく今日になって一番好きなカクテルが変わったんでしょうね」
 「なるほど・・・」
 私はとっさにそこまで読めなかったことが非常に悔しかった。なんともかっこ悪い幕切れにしてしまったものだ。
 「ああ・・・私はバカですね・・・ロアルド・ダールの主人公を気取って消去法なんかやる必要もなかったわけですね。かっこ悪い話です」
 「まぁでも名刺をくれたわけですから連絡してあげないと」
 「ええ。メールアドレスも書いてあるので後で早速メールでお詫びします」
 私は嬉しいような残念なような複雑な気持ちで席を立った。そして川井田さんに勘定を払いながらつぶやいた。
 「それにしても先輩どうして今日来なかったんだろう?」
それを聞いた川井田さんはあきれるような表情で私を見て言った。
 「おやおや、まだおわかりになっていませんね」

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